SS 41~60

辿れば華族という由緒正しい家柄の天宮家。
その天宮のご当主であるご主人様にお仕えする家に私は生まれた。
生まれた時よりまだ見ぬ次期当主の為に鍛練を行い。
この世に生を受けて五年目。
私が生涯を以てお仕えする方が生まれた。


その方を初めて見た時はまだ小さくて、当たり前だが頼り無く思えたもので。幼心に、


『私がお守りせねば!』


そう思った。


あれから十六年。
早いことに私のご主人様である坊っちゃんこと、蓮実様は高校生になられた。


「坊っちゃん。本日は4時にお迎えに参りますが、くれぐれも教室でお待ち下さいね」

「わぁってるよ…ったく。俺はそんなに過保護に守られるほど柔じゃないっての」

「坊っちゃん。過保護とはおっしゃいますが、御自覚なさって下さい。坊っちゃんは天宮の次期後継者なんです」

「『いついかなる時、危険に晒されるか分からない。だから回避出来る危機ならば避けるのは当然です』だろ?聞き飽きたっての」



車の後部座席に座り、頭の後ろで腕を組む坊っちゃんは飽き飽きとした顔で私の言葉を聞き流す。
それでもしっかりと言うことを聞いて下さるのは今までに何度も危ない目にあってきたせいだろう。


天宮がもたらすものは大きい。それは必然的に悪意すらも寄せ付ける。
警戒のし過ぎ等ということはないし、本来ならばご一緒に学校に通うべきなのだろうけれども。


(坊っちゃんにあんなにも嫌がられるとは)


坊っちゃんが通われている学校は所謂金持ち校で。
執事や主人に仕える者を事前に申請しておけば校内で付き従っても構わないという方針を取っている。
実際の所は面倒が起きても学校側に責任が問われにくいという利点を差してのことなのだろうが。
そんな便利な機能を使わずして何とするのかと何度も申し立てをした。
けれど坊っちゃんは、


『いい加減過保護はやめろ!やめられないならせめて学校には着いてくんな。これは命令だ』


主にそう命令されてしまえばもう何も言えない。
だから渋々朝夕の送り迎えをするだけに留めるということで決着は付いた。
過保護でも心配性でも言えばいい。
ただ一つ言わせて貰うなら、坊っちゃんが生まれた時からお仕えしている身としては。例え鬱陶しがられたとしても簡単には引けないのだ。


使用人の立場でおおっぴろげに言うわけにはいかないが、坊っちゃんはそこら辺のどんな子供よりも可愛いと思う。
最近はその可愛らしさに男らしさも加わってきたが、やはり赤ん坊の頃から見ている身としては可愛いの一言だ。
そんな坊っちゃんを心配するな、と言う方が無理というもの。
坊っちゃんはそれが気に食わないようだけれど。
反抗期というものだろうか?


「説教なんかより、今日はダチが来るんだからちゃんとしろよ?」


坊っちゃんに反抗期……と中々に感慨深いものを感じていると掛かった声。
それに勿論だと返す。


「それはもう。坊っちゃんのご友人がいらっしゃるという事ですので、屋敷の使用人が総出で準備しております」

「……変に力入れなくていいからな」

「分かっております。ですが坊っちゃんが初めてお作りになられたご友人ですから。わたくし共と致しましても最大限のおもてなしをさせて頂く所存です」


坊っちゃんは今までご友人をお作りにはならなかった。いや、なれなかったの間違いか。
だからこそ今日いらっしゃられる方を坊っちゃんが『友人』と呼ばれた事が嬉しくてしょうがない。
屋敷の使用人達も数日前から張り切っている。


「暇な奴らだな」


そう言う坊っちゃんの頬が微かに色付いて居ることは、私だけの秘密にしておきましょう。
バックミラーに映る坊っちゃんにくすりと微笑みを返して今日も安全運転を心掛けた。
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