SS 21~40

別段。人がひとり居なくなった所で何かが変わるわけではない。
それが例えどれだけ大切だった奴でも。
俺は何一つ変わることなく息をして、明日を迎えている。
心中とか以ての他だ。
あり得ない。

何度も言うが、たかが人がひとり居なくなっただけなのだ。
俺は命を捨ててまで後を追いたいとは思わない。
世界に虚無なんざ感じねぇ。
ただひたすらに毎日を生きるだけだ。

お前が居ない世界を。
隣にあった筈の温もりを、確かに忘れながら。
俺は前に進む。
後ろは見ない。
アイツが居なくても俺は生きていけるから。
心臓はまごう事なく動いているから。
ああ。だけど、


「アイツと見た景色って、こんなんだっけ?」


朧気で、きっともうすぐ忘れてしまうのであろう記憶。
アイツと見た景色を不意に見たくなって来た場所は、夜景が綺麗な小高い丘の上。
ちょっとした隠れスポットのせいか相も変わらず人は居ない。


あの時はもっと綺麗な気がしたのにな。
今見てもなんも感じない。


最近はこういうことが増えた気がする。


昔アイツとのデートで行って美味かった飯屋。
ああ、飯屋とか言うと良く拗ねられたな。「可愛くない」とかなんとかで。
頬を膨らませる姿が可愛くてわざと言ってたっけ。
話が逸れたな。

その飯屋に行って、同じもんを食べた。
きっと味は何も変わっていない。
なのに何故か砂を噛むような不味さを感じた。
食えたもんじゃなかったけれど、それでも食べ物を残すと怒られたから水と一緒に流し込んだ。
アイツは真面目だったからな。
そういう所も俺は好きだった。


そう。好きだった。
なんだ。ちゃんと過去形に出来てるじゃないか。
俺はてっきりアイツが居ないから景色を見ても何も感じないし、美味いものを食べている筈なのに不味く感じているのだと。
勝手な思い込みだったな。

良かった。
俺はちゃんとアイツが居なくても生きていけている。
大体、何度もくどいようだが人がひとり居なくなっただけなんだ。
それだけなんだ。
それで何が変わる?
何も変わらないだろう。
だから俺も何も変わらない。
このままアイツの顔も声も、名前さえ忘れて。
いつか違う女と付き合って結婚して子供を作る。
そうやって生きていくんだ。
中々に幸せな未来だと思わないか?


なあ?
俺はお前が居なくても生きていけるよ。
俺の心臓は脈打っているし、肺は二酸化炭素を送り出している。
酸素を吸い込む為に呼吸だってしている。
食事だって毎食取っているし、睡眠だって充分だ。
ほら?俺は生きているだろう。


何をしても、されても。
感情が揺れ動かされる事はなくなってしまったけれど。


それでも俺は生きている。
お前の居ない世界を。


呼吸が出来て心臓が動けば。
それは確かに『生きている』から。
例え『心が死んでしまっていても』
生きている事に変わりはないだろう?
15/20ページ