SS 21~40

「身体に悪いよ?」


そう何度注意しても、彼女が煙草を止めてくれた事はない。


「もう癖みたいなものだからねー。吸ってないと、落ち着かないの」

「それが身体に悪いって言ってるの!!それに俺まで巻き添えくったらどうする気?嫌だよ?肺癌なんて」

「……だからベランダで吸うって言ってるじゃない」

「それはダメ。風邪引いたらどうするの」


むぅ。と唇を尖らせる彼女。
拗ねたいのは此方だ。
身体に悪いっていくら言ったって、はぐらかしてばかりで。まともに取り合ってすらくれない。


「……置いてかれるのとかヤなんですけど」

「……」


ぷぅ。っと彼女がしたように唇を尖らせて上目遣いでそう言うと呆け顔をされた。
珍しい彼女の表情に俺も呆ける。
やはり男がそんな顔をしても気持ち悪いだけだったのだろうか?
内心、不安になる。
そんな時、彼女は手のひらで口元を覆ってそっぽを向いて言った。


「……禁煙、がんばります」


この数分でどんな心境の変化が起きたのか。
彼女は男らしく煙草の箱を握り潰してゴミ箱に捨てて宣言した。


「その代わり。そんな顔を私以外の前で見せないでね。絶対」


どんな顔だ?
疑問に思ったけれど彼女が折角禁煙する気になってくれたのだから大人しく頷いておいた。


「あ、今のうちにキス一杯しとこ?」

「なんで?」

「だって煙草味のキスはもう出来なくなるだろ?」

「……」


彼女が絶句している間に奪った唇は、やはり苦くて。出会った頃から変わらず煙草臭い。
けれどこれももう少しで無くなるのかと思えば禁煙を進めた事をほんのちょっとだけ後悔した。





(私の彼氏が可愛すぎて生きるのが楽しいっ!!)

(突然禁煙始めやがった原因はそれか!裏切り者ぉぉぉぉ!)

(なんと言われようと恋人と生きたいから煙草はもう吸わないわよぉぉぉぉ!)


余談だが。彼女と彼女の同僚の愛煙家がそんな会話を交わしていたのを勿論俺が知る由もなく。

相変わらず仲が良くて羨ましいなあ、そこちょっと変われよ。と二人の元に向かうまであと数秒。
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