金と灰の右目

「――まあ、茶番はこの辺りで止めて置くとして。本題に入りましょうか?」


見せつけておいて自分で茶番と言い切るこの女の思考は一体どうなっているのか――全くもって知りたくもないが。
漸くまともに話をする気になったのか居住まいを正したシルフィ。それに習うようにジルも此方を見据える。
ジルに関しては早く話を終えて帰れと目が告げていたが。
前述した通りジルよりも長く生きた自分がそんな視線に怯む訳がない。
それに自分も聞きたい事を聞き出したらこんな所に長居するつもりもない。
さっさと帰る為にこの屋敷に来た本題を口にした。


「シルフィ。お前がセレフィナの居場所を知らない訳がない」

「どうして断言できますの?」

「ムカツクことにセレフィナはお前を一番信頼している」

「……嫉妬深い貴方に云われても、嬉しいようなそうでないような。微妙な気分になりますねぇ」

「俺だって好き好んで云いたい訳じゃない。むしろ不本意だ。…が、今回は別だ」


セレフィナが一番信頼しているシルフィなら、セレフィナがどこに居るかくらい検討が付いている筈だ。
むしろセレフィナ本人から連絡が来ていても可笑しくはない。
それがギドには云えない場所故に口止めしているのだとギドは気付いた上でシルフィに問う。
シルフィは暫しの沈黙の後、仕方が無さそうに息を吐いた。


「――冥府の王が住まう城。そこにセレフィナは居ますわ」

「……な、っ」

「『ギドが気にするから言わないで』そうわたくしに言って行きましたわ。どうせあの方のフォローをしに行ったのでしょうね」


やる瀬なさそうに言われたその場所は、セレフィナとシルフィの知己が住まう場所。
そして冥府の王とは文字通り冥界で命を管理する王である。


冥府の王には数度会ったことがある。
最後に会ったのは確か、シルフィがジルと婚姻した辺りか。
冥府の王直々に訪ねてきたので覚えている。
その時の様子はあまりにも普段とは違っていて、常に冷静だと有名な冥府の王がその時ばかりは正気を失っていた。
聞けば妃が忽然と消えたのだと騒ぎになっていたそうだ。
愛妻家だと云われていた冥府の王だからこそ、ここまで取り乱しているのかと。
その時は興味もなかったので特には気にもしなかったが。
後々に聞けばどうやらセレフィナが冥府の王の妃が消えたという騒動に一枚噛んでいたようだ。


そしてそれ以来、何度か冥界に赴くようになったセレフィナ。
責任を感じてか、それとも単に茶化しに行っているのか。
騒動の本質を知らないギドには何とも言えないが。


一度だけ大怪我を負って帰ってきたことがあった。
それもヤケに治りの悪い、まるで魂そのものに傷を付けられたような傷を。


何があったのかは知らない。
セレフィナも言いたがらなかったから深く聞くつもりもなかった。
けれどそれ以降、冥界に行くことにあまり良い顔をしないギドを心配させないよう気を使った結果なのだろう。
だがしかし。


(逆効果にしかならないと何故気付かない)


何も言わずにふらりと消えるのはいつものこと。
戻ってくることを確信しているからこそ構わないし安心出来るのだ。
けれど此方からのコンタクトに全く反応を示さないで消息を絶たれる事が、どれだけの焦燥を生むのかを。
愛しい妻を心配するなと言う方が無茶だという事を。
全くあの女は分かっていない。


婚姻を結んでから数百年。出会ってからを考えればそれ以上。
共に過ごした時間を重ねてきたが未だに俺の本質をあの女は理解しないらしい。
呆れすら覚える鈍さに苛立ちすら覚えなくなったのはいつからか。


居場所は知れた。
けれど迎えに行っても帰っては来ないだろう。
誰かの言葉で自分の意思を曲げてしまうほど、セレフィナは柔な女ではない。
少なくともそれが分かるくらいは側に居た。


ならば、答えはひとつか。
腹の底から重いものを吐き出すように息を吐く。
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