黒バス

「僕達が愚かだった。お前に酷い事をしたという自覚もある。僕達はお前は決して僕達から離れていくだなんて思っていなかったんだ」

だから、すまなかった。お前をそこまで追い詰めていたなんて思わなかったんだ。

そう言って頭を下げる赤司くんと他のキセキ達。
ここは今まさに誠凛がキセキの世代を倒すだなんて快挙を成し遂げたばかりのWCの会場で。
興奮醒めやらないチームメイト達が僕の背を押して嘗ての仲間の前に僕を押し出す。
火神くんなんかは「良かったな!」なんて笑っているが。

(何が良かったな。なんでしょうかね?)

「テツヤ」

「なんですか?赤司くん?」

「また、僕達にパスを出してはくれないだろうか?もう公式の場では無理だから休日にストリートで、」

「――赤司くん」

「……なんだ?」

君達は何か勘違いしていませんか?

「僕はそもそも君達を許すも何もないんですよ?だって僕はもう、君達に対して何も期待していないしする気もありません。勝ちましたし。気に掛ける必要もないでしょう」

「……どういうことだ?」

「分かりやすく言いましょうか?」

ああ。赤司くんの後ろで緑間くんが青醒めている。
僕の言いたいことが分かったんでしょうね。
緑間くんが気付いたんだから赤司くんも当然気付いているでしょうに。

「君達にまたパスを出す?あり得ませんよ。そんなこと」

また、怯えろと言うんですか?
また、君達に捨てられるかもしれないと。

そんなのはもう御免だ。

「恵まれた身体、能力、それでは確かに努力する人間が嫌いにもなるかも知れませんでしたが、だったらそんな人間視界に入れずに関わらなければいいことだったのではないんですか?わざわざ口に出さずに存在そのものを見なければ良かったのではありませんか?」

「……黒ちん、」

何か言いたげな紫原くんは無視して、緑間くんに顔を向ける。

「ラッキーアイテムだかなんだか知りませんが邪魔なことこの上ない。顔を合わせれば相性が良くないと言うのなら顔を合わせなければ良いだけの事じゃないですか。それこそ“人事を尽くす”ということではないのですか?」

「黒子、俺は、」

ラッキーアイテムのウサギのぬいぐるみを抱き締めて、言い難いことを言おうとしようとする緑間くんから目を逸らす。

「黄瀬くん。君は何かと僕を“こんな奴”と言っていましたね。それがたった一回の試合でコロリと態度を変えるとは、正直腹立たしいことこの上なかったです。認めた相手に付けるアダ名?君に認められる必要性を僕は感じませんが」

「……っくろこっち…」

「赤司くん。君が僕を見出だしてくれたことには感謝します。けれど君に従わなければいけない理由が思い当たりませんでした。厨二病だかなんだか知りませんが僕だって人間で、人間としての意志があります。そして、」

ショックを受けたような赤司くんから顔を背けて、僕は青峰くんに視線を向ける。
青峰くんは僕を真っ直ぐと見据えていた。

「そして。青峰くん。君は敵が居ないとか言っていましたね?でもたかだか十年ちょっとしか生きていないガキが何を言っているんですか?世界を知らないんですか?僕はあれほど言いましたよ。君より強い人なんてこの世には沢山居ると。なのに君は腐った。別に構いませんでしたが、それでも勝手に腐っていて欲しかったですね。僕を巻き込まないで下さい」

今までの鬱憤を吐き捨てるように言えば、皆一様に後悔の文字を顔に浮かべた。

でももう遅いんです。
遅すぎたんです。

一度、壊れてしまったものが簡単に元に戻るなんて思われたくない。
じゃあ、僕が悩んだあの時間はなんだったんだと叫びたくなる。
君達は君達なりに悩んだんでしょう?
でもそんなことは知ったこっちゃないんですよ。
天才の悩みなんて僕には分からない。
だけど、だからといって。
君達に心を砕いたあの時間を、いま君達は一瞬で否定した。

それは許せない。

君達が手をはね除けたクセに。
歩み寄ろうとしたら離れていったクセに。
たった一回の敗北で。
君達はまた!僕の手を取れると!本気で思っているのか!

「知っていますか?信頼も信用も失うのは一瞬で事足りますが、もう一度得ようとする時には得ていた時の何倍もの時間を要するんです。僕は君達にそんな時間を裂く気も、必要性も。なんら感じません」


君達も孤独だったのでしょうね?
でも、僕も孤独だったんですよ?
君達は天才だから、天才の集まりだったから。お互いがお互いの虚無を理解できていたでしょう?
でも僕は?
君達天才に、凡才の僕の気持ちを理解できていた方は居ましたか?

「皮肉なものですよ。あのバスケ部で僕の気持ちを理解して、バスケすら辞めようとしていた僕を止めてくれたのは。相棒でもなく、チームメイトでもなく、君達から名前すら覚えられていないだろう三軍の選手と、強制退部をさせられた灰崎くんだけでした」

その三軍の選手だって、一度は僕を妬み虐めていた人達だったんですがね。

『実力がないなんて嘘だ!』

『黒子ほど努力してた奴なんて他に居ないって知ってんだよ』

『妬ましかったけど、虐めてたけど、でも認めてたんだお前のこと』

『黒子は帝光レギュラーに相応しいって、みんな認めてたんだよ』


『だから、バスケ辞めるなんて言うなよ!』


それは退部届けを出した日で。
何かと僕に悪態を付いていた彼らは泣きながら僕にそう言った。
誰からそんなことを聞いたんだと聞けば、灰崎の名前が出てきて思わず舌打った。
キセキが開花して少しづつ壁を感じていた時に会っただけだったのに。彼は見掛けによらず優しいから。
だからきっと、僕がこうなることも予測していたのだろう。

「分かりますか?僕がバスケを続けているのは君達を倒して、仲直りなんてものをしたいからじゃない。僕の大切な“友人達”の願いだから続けているだけです」

君達を倒して、もう一度楽しかったバスケを思い出して貰いたいと思ったのも、あながち嘘じゃないですが。
すべてではありません。

分かりますか?
僕は、もうずっと、


「君達のことなんて、なんとも思っていなかったんですよ?」


一度、捨てたのだから。
もう一度拾おうだなんて、そんな調子のいいことが通用する筈がないでしょう。
お互いにもう別のチームがあるんです。
そして僕はもう、君達を信頼も信用も出来そうにない。
誰かが悪かった訳ではなかった。
君達を恨んでいる訳ではなかった。ただ、僕が君達を信じられなくなっただけ。

「それでも君達は、僕とまたバスケがしたいと言うんですか?」

そう聞いた時、君達は――
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