Another Story

「大っ好きやで!瑠璃葉ー!」

「……声量が大きい。つまりは煩い。少し黙ってくれませんか?大河くん」

「『くん』付けはやめてって言っとるやん」

拗ねたように唇を尖らせる大河に私は溜め息を吐く。
あからさまに、と付くのは気の所為ではないでしょうけれども、あからさまに溜め息を吐いたのだから仕方がない。

「少し前まであなたのことを『くん』付けで呼んでいたのだから良いと思うのだけれども」

「距離が遠い!折角なら呼び捨てで呼ばれたい!愛されたい!」

「最後の叫びは切実ね……」

私は呆れたように肩を竦める。
そうして少しだけ口角を上げて笑って見せた。

「大河」

「……そ、の、顔は……!反則やわ!」

ただ微かに微笑んだ。
それだけの表情にこんなに顔を赤らめて、この人は阿呆なのかしら?
ああ、阿呆だったわね。
馬鹿と言うと本気で怒るから阿呆と呼ぶけれども、……日本語のニュアンスは難しいわね。

「ところでどうしたの?」

「何が?」

「いきなり愛を叫んだ理由よ」

「ああ。それはやな」

大河は蕩けるような笑みを浮かべながら、愛おしそうに私の頬に触れる。
そのままキスでも出来るのではないのかと言うほどに顔を近付けてきた。
反射的に目を瞑れば、コツンと額に何かが当たった音が脳内に響く。

「……何してるの」

「何されると思った?」

「……あなたの言動は不可解だわ。一体何を浮かれているの?」

「んー。答えを言うてもええねんけどな?そんでも俺は瑠璃葉に気付いて欲しい」

「一体なんのこと?」

首をこてんと傾げて見せれば、可愛い可愛いと言う言葉が降ってくる。
あまりに降ってきて鬱陶しくなったから、私は仕方がなく考える。
一体なんだって彼はこんなに浮かれているのかしら。

朝食に好物の卵焼きが出たから?
バスケの試合で良いプレーが出来たから?

頭を捻っても分からない。
この、鬼才とまで言われる私が分からないことがあるだなんて。
小松大河という男は本当に訳が分からない。

「ヒントその1」

「え?」

「今日の日付けは何日でしょうか?」

業を煮やしたのか、それとも面白がっているのか。
きっと前者でもあり、後者でもあるのでしょうけれども。
大河は少しだけ悪戯っ子のような顔をしながら私を見つめながら言った。

「今日は、何日でしょうか」

「何日……」

少し考える間もない。
日付けが思い出せない程に耄碌はしていないし、記憶能力には多少の自信がある私が忘れるわけがない。
……忘れるわけがない、筈だったのだけれども。

「……九月……十一日ね……」

「うん。それで?」

「あなたの、誕生日、……ね……」

「うん、それで?」

「……あなた。どうしてもっと早くに言わなかったの?」

「まさか恋人の誕生日を忘れるわけないと思ってましたからァ?」

「性格が宜しくない」

「ふふ。俺は瑠璃葉に対してなら幾らでも性格悪ぅなれるで」

「……はあ。それで?」

「ん?」

「あなたは私から何か欲しくて、私にこんな戯れのような時間を割かせたの?」

「んー……せやなぁ……」

ハッキリと言わない大河に私は視線を上げて、しっかりと目を合わせる。
大河、と名前を呼べば、にへらとだらしなく笑われた。

「瑠璃葉とのこんなたわいない時間が欲しかった。ただ、それだけやわ」

「……大河」

「あと、普通のカップルみたいなイチャイチャしたことがしたかった」

「真顔で何を言っているの、あなたは」

はあ、と今度は盛大に溜め息を吐いて。
私は仕方がないとばかりに大河の大きくて豆だらけの手のひらに指を絡めた。
すぐさま離さないとばかりに握られる。
こういうところが可愛いと思うのは、もういっそ病な気がしてきたわ。

「今日はまだ始まったばかりよ。私の王子様?何をして欲しいのかしら?」

「その言い方やとお姫様より女王様みたいやな」

「今すぐこの手を離しても良いのだけれども」

「あー!あー!せやなー!一緒にデートがしたいなー!」

慌てて考えたような言葉。
私は仕方がないという体を装いながら、少しだけドキドキしていた。
『デート』という言葉は未だに慣れない。
きっといつか慣れる日が来るのかも知れないけれども。
一年も付き合っているのに慣れないのだから、きっと一生慣れないのかも知れないと。
そんな不確定な話でしかも大河のような思考を持ちながら。
何処に行こうかと悩む大河の横顔を見つめて、バレないようにクスリと笑った。







「あ、可愛い」

「あなたね、盗み見すれば許されると思っているの?」

「俺の彼女さんやから」

「はぁ、もう何でも良いわ。で?何処に行くのかしら?」

「せやねー。とりあえずご飯でも食べ行こか」

「あなたの連れて行ってくれるところは面白いから、何処へなりとも、王子様?」
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