SS 21~40

何と言うのでしょうね?
こんな時、人は何と言って大切なヒトを安心させてあげるのでしょうね?
人と長く過ごした癖に、妖かし者の私にはさっぱりと分からない。


「……あ、……あ」


顔に添えられる両手は何かから逃れたいかのように皮膚に食い込み。力の圧迫に負けた皮膚が所々で血を流している。
折角の綺麗な顔が、と思うが、貴方はそんなものを気にする余裕さえないのか。
貴方は私に視線を向けたまま一瞬足りとも離さない。
縫い留めるような視線だ。
事実。私が今、目蓋を押し上げていられるのも、それのお陰なのでしょうね。


「……なかないで、わたしのいとしご?」

「し、ゃべるなっ!良いからお前は何も言うな!頼むから、ジッとしていてくれ!」


そうは言われても。
私はどうやらそう長くは持ちそうにない上に、貴方、泣きそうじゃないですか?
それなのにジッとしていろだなんて、出来る筈がないですよ。


「なかない、の?あなたがなくと、ねむれない、わ」

「いい!眠るな!お前はずっと俺と一緒に居てくれるって言ったじゃないか!?お前達は人間みたいに易々と誓いは破らないのだろう?なのに破る気か!?」


……誓い?
ああ、確かに。
そんなものしましたね。
貴方にして見れば昔の事だというのに、良く覚えていましたね?
私はてっきり忘れているかと思ったのに。
だから私も忘れた振りをしていたら、すっかり私の方が忘れていましたよ。


でもどうしましょうねぇ?
コレ、止まりそうにありませんし。
それに流石に妖かしも不死ではないですし、コレは普通に死にますねぇ。


見てはいないから分からないけれど、腹部からドクドクと流れる血液は止まってくれそうにない。
今、こうして喋っていられるのは。それこそ妖かしであるが故なのだろうが。
それもいつまで持つものか。


嗚呼。でもそうしたら誓いを、約束を破ってしまう事になるんですか。
はて、困りましたねぇ。
私が死んでからも見守り続ける、ではいけませんかね?
現状、それが一番適当なのですが。


「駄目だ。許さない」


チロリと見た貴方は私の言いたいことが解ったのか、険しい顔で即答する。


「ずっと俺の側に居るって、お前が言ったんだぞ?それをお前がっ、覆すな」


その言葉に血を吐くような思いが込められていると分かるのは。
ひとえに、それだけ私達が側に居たと言うことか。
それは何だか嬉しくて。
同時に、もう共に居られないのだと思うと、それはまた悲しいものですね。


「――逝くなよ」

「またむりなことを、いってくれますねぇ」

「無理じゃない。だって俺はお前の側に、妖かしの理さえ曲げて側に居させたんだよ?だから、無理なものか」


無理なんてあるものか。
俺に叶えられないことはないんだ。


「それともお前は、恩人の俺に逆らう気か?そんなの絶対に許さない」


許してなるものかっ。


「……ずいぶんと、おしつけがましいおんじんも、いたもの、です」

「そんな俺が好きなんだろ?」

「ええ、まあ」


そうですね。


「……そんなあなたがすき、でしたね」


好きでした。
大好きでした。
貴方に会えなければ私の命はあの日、無くなって居たでしょう。
それを差し引いても、傲慢不遜で自分の思い通りにならないことが嫌いで。
なのに本当は強がりなだけで、怖がりで、弱い。


そんな人の貴方を私は確かに、


「あいしていました」


だから私の事はさっさと忘れなさい。人の子。
私と過ごした今までは、全て貴方の夢の中。
だから貴方が今、苦しいのも、悲しいのも


「わすれなさい、ひとのこ」


これは、ただの悪い夢なのだから。
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