ハイドランジア

「ギルバートはさぁ……どうしてボクと結婚なんてしたのさ」

先日人間の恋人にも同じような問い掛けをした。
今問い掛けたのは、人狼帝の側近で弟、そしてボクの夫でもある男。
ギルバートは少しだけ考えたような素振りを見せたあとに、にこやかに笑って言った。

「ランじゃなきゃ、俺が嫌だったから、かな?」

この答えじゃ不満?とでも言いたそうにギルバートは言う。
ボクはベッドの上で足を抱えながら顔をその足の間に埋めた。

「あれ、ラン?どーしたの?」

声で分かる。ニヤついた声だから。
コツコツと靴音を鳴らしながら近付いてくる音が聞こえる。
ボクは更に身体を縮こませてギルバートから逃げるように足を強く握り締めた。

「痕になっちゃうでしょ、ハイドランジア」

「名前で……っ」

「うん?ハイドランジアの名前を呼んで良いのは俺だけでしょ?」

「そうじゃなくて、」

耳元で呼ばないで欲しい。
ボクが耳が弱いことを知っている癖に。
こういうところは本当に意地が悪い。

「ね、ハイドランジア」

音が波のように襲ってくるのに、イヤではないのはきっと、もう何百年と連れ添っているからだろうか。

「明日は人間の男のところに行くんでしょう?」

「そ、だけど……」

それがどうかしたと言うのだろうか?
ギルバートは基本的にその辺りのことに関しては寛容だった筈だけれども。

「明日行けないくらい、今日は抱き潰しちゃおうかなぁ……」

「はっ?なんで……」

「だって、最近のランはあの人間の男に構ってばかりでつまらないんだもの」

だーかーらー。今日は抱き潰してあげる。
そう言ってにっこりと笑ったギルバートは、人間の恋人に会いに行くことには寛容でも、ギルバート以外を愛することに関しては怒っていたらしい。
ギルバートの宣言通り、確かにボクは次の日、人間の恋人に会いにいけないくらい足腰が立たなくなっていたのだから。

「ごめんね、やりすぎちゃったね」

「ごめんと思ってないでしょ?」

「どうしたら許してくれる?」

「……桃剝いてくれたら許してあげるけど……」

「俺だけのお姫様の為なら、幾らでも」

「言葉に棘がある」

「ふふ。だって、ハイドランジアが心を寄せる人間なんて珍しいんだもの」

ボクが固めの桃が好きなことを知っているのはギルバートくらいだって言うのにねぇ?
まあ、ボクに関心を寄せてくれているのが、きっと。ギルバートくらいだからだろうけれども。

「どうしたの?」

縦に割れた金色の瞳をきょとりとさせて、首を傾げたことにより灰色の髪を揺らした。
ちょいちょい、とボクはギルバートを手招きする。
釣られるように器用に桃を切り分けながら近付いて来る。

「ギルバート、きみはボクのこと、見捨てないよね」

「……ふふ」

「なに」

「当たり前のことを聞かれたから、笑っちゃった」

柔らかく笑うギルバートは顔を近付けて、不意にキスをしてくる。

「俺がハイドランジアを手放すわけがない」

低くて甘い声でそう言われる。
瞳の奥に隠された狂気とも取れるその色を見て、ボクは怖いと思うよりも何処かで安心しているんだ。

「そっか」

「ハイドランジアこそ、俺より人間の男を本命にしたら……」

「したら?」

「んー。その人間を、ハイドランジアの目の前で殺して食べちゃおうかな」

「明るく言えば良いってレベルの話じゃないよね、それ」

「えー。だって、そういうことでしょ。あ、でも安心して?ハイドランジアのことは鎖に繋いでこの部屋から出さない程度のことしかしないから」

「それは……」

「怖い?」

怖い?その言葉を頭の中で反芻する。
ボクは何処かでやはり安心しているんだ。
彼がボクのことをそこまで愛してくれてることに。
それはもしかしたら『愛』と呼べる感情ではないかも知れないけれども。
ボクにとったら、安心する言葉なんだ。

「信じてるからね」

「信じてない子の言う言葉だなぁ。まったく。はい、ラン。桃剝けたよ」

「……食べさせて」

「……」

「何?」

「珍しくランがデレてくれて嬉しすぎて心臓が痛い……」

「ギルバートが足腰立たないくらいしたからでしょ。責任取って今日一日はボクの言うこと聞いてよ」

「そんな嬉しいお願いなら、喜んで」

柔らかく笑うギルバートが何だか珍しかったけれども、ボクはとりあえず乾いた喉を潤したいが為に「桃」とだけ呟いた。
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