ご主人と吸血鬼

春の風が吹く中、私はお気に入りの黒いワンピースの裾をくるくると回しながら遊ばせて歩いていた。

「前見ろ。危ない」

「だって、綺麗じゃないですかー」

上を見上げれば綺麗な蒼空に薄紅色が良く映えていて。

「桜がそんなに珍しいのか?」

「いいえ全然。もう百年近く見てますから見慣れたもんです」

「じゃあ、なんでそんなに楽しそうなんだ?」

ご主人は不思議そうな顔をしながら私を見て、買い物袋を提げている。
最近新しいプロジェクトとやらが始まったらしく忙しいご主人がたまたま休めた日の夕方買い物帰り。
そう。最近すれ違ってばかりだったご主人との買い物デート。
顔がにやけないわけがないでしょう。

「ふふ。幸せだなぁって」

「頭が幸せなヤツは何でも幸せに感じるのかねぇ」

「あ、ご主人。さり気なく私のこと馬鹿にしてますね?」

「馬鹿なのに良く分かったな」

「馬鹿じゃないですー。馬鹿って言った方が馬鹿だって、この前たかしくんに聞きました!」

そう胸を張って言ったなら、ご主人は眉を寄せて「あ?」と低い声を出す。

「誰だ。たかしって」

「? この前、遊んだ男の子です」

「遊んだ?」

「はい!丁度そこの公園で。砂遊びしたり、ブランコで遊んだり」

楽しかったですよ。

そう言えば、ご主人は顔をビニール袋を持っていない方の空いてる片手で覆った。

「そうだった。こいつ、馬鹿だった」

「ご主人?今めちゃくちゃ大きな溜め息吐きましたけど、溜め息吐くと幸せ逃げちゃうらしいですよ?」

「それも『たかしくん』に訊いたのか?」

「はい!」

「……。吸血鬼」

「もー。外では名前で呼んでくださいって言ってるのに」

「良いから来い」

「なんなんですかー?ごしゅ……っ」

グイッと腕を引かれ、私はバランスを崩す。
ふにっと柔らかな感触が唇を伝った。

「……え、へ。えへへへ」

「……なんだよ」

「ご主人からのちゅーだぁ」

「うるさい黙れ」

滅多にないご主人のデレに、私は家に帰るまで頬が緩みっぱなしで。
ご主人に「いい加減にしろ」と本気で怒られても、私はにへにへと眦を下げていた。

(ああ、幸せだなぁ)
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