SS 161~

そう、ほんの少しの苦痛と引き換えに、高く澄んだこの空に還るだけ。
冬の寒い日だからきっとどこまでも遠くに行けるわね。
だってあんなにも空は高くて、そうして綺麗なんだもの。

「――魔女に死を!」

その言葉と共に、私の足元に組まれた木に炎が移った。
メラメラと音を立てる赤いそれを私は甘受する。
群衆なんて目に入ってないの。
私が目に入れたいのは、この世界でただひとり。

「……王子」

愛していましたわ。
魅了の魔法をかける間もなく。
私は貴方を愛しました。
だから貴方が同じ思いだったのが嬉しくて。
私が魔女と知られるまでは。その間だけは。
貴方を愛していたいと。
そんな自己中心的な考えで近付いて。
そうして魔女と知られたこうなると分かっていても、傍を離れることなんて出来なかった。
これは私の罪。罪過。
だから貴方に魔法をかけた。
愛しい貴方に祝福の魔法を。

――私を忘れて、どうか幸せになってください。

炎が私を包む。まるでおくるみにでも包まれているよう。
私を骨ごと焼き切るこの炎よ、どうか。
彼の方に何も遺しませんように。


「殿下。どうされました?」

「何がだ?」

「恐れながら、……涙が」

「……何故、」

何故、泣いている?
今日はこの国の王子たる私を誑かした魔女の処刑の日。
火刑は魔女を拘束し、聖なる炎で浄化するとこの国では言い伝えられている。
だから火刑に処したのだ。
あの女を。忌々しい、魔女を。

「殿下、大丈夫ですか!」

膝を折り、苦しむ私を見て侍従が慌てて近寄ってくる。
私はそれを手で制し、胸の痛みが去るのを待つ。
苦しい、こんなにも胸が苦しい。
どうしてこんなにも胸が締め付けられるんだ?

――問い掛けたい相手は、もういないと言うのに。

「、ぁ」

ああ、ああ、そうだ。私は――

「殺めたのか……」

「殿下?」

私は、この手で、この口で。
この世界で一番愛しい女を殺めたのか。
それはなんて――

「大した、喜劇だ……」

絞り出した言葉はあまりに苦々しく。
愛したのはきっと私が先で、守るつもりが守られたのも私の方。

「ああ、空が高いな」

あいつは空が好きだった。冬の空が一番好きだと言っていた。
こんな日にあいつは逝ったのか。私のせいで。
一生背負っていくのだ。
焦げ付いた、肉の焼ける匂いと。あいつの笑顔を。


本当は、今すぐにでも追いたかった。
会いたかった。抱き締めたかった。
けれど出来なかった。守られた命だから。
それを投げ出すことを許すことは出来なかった。
きっと行き先は同じだろう。
だから私が逝くまで待っていておくれ。
二人で地獄の業火に焼かれる日を、私も待っている。
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