黒バス

「あ」


声の元を振り向けば、そこに居たのは誠凛のいい子ちゃん。
しまったと言わんばかりに口元を手で覆って視線を逸らしているが、


(ふはっ。今更遅ぇんだよバァカ)


内心で毒吐いて。
いい子ちゃん基、黒子に近付いた。
一歩引こうとした足を意地で踏み止めたのかプルプルしているのは気分が良いので見ない振りをしてやろう。


「よお。奇遇だなぁ黒子クン?」

「……どちら様でしょうか?」

「ふはっ。今更惚けられると思ってんじゃねぇぞ、バァカ。それに先輩は敬いましょう。って親に教わらなかったのか?ん?」

「ゲスで非道で大切な先輩を傷付けたどうしようもない貴方を敬えと?百万歩譲ってその残念な麿眉なら敬ってあげますよ。オタマロ好きなんで」「テメェ、随分口が回るみてえじゃねえか。ご希望通りその口効けなくしてやろうか?」


人が密かに気にしている事を言いやがって。
自然と眉根が寄りそうになるが、絶対にコイツの前で弱味を握らせるような態度を見せる気はないので、嫌味ったらしく口角を上げる。
そうすれば黒子は不快そうに眉を寄せた。
おい。お前の鉄面皮、何処に捨てて来やがった。


「え?貴方コート以外ではゲスい事しないゲスで売ってるんでしょう?何自分の信念覆してるんですか。マジもんのゲスですねゲス宮さんって」

「喧嘩売ってんのか?」

「先に売ってきたのは貴方の方でしょうが」


先程の言葉か木吉の事か。
まあ、多分木吉の事だろうと辺りを付けて、ニィッと口角を吊り上げる。「また壊してやろうか?」

「熨斗付けてお断りさせて頂きます。それに、貴方になんて壊させませんよ」


もう何も。
黒子の瞳が好戦的な色を宿して、俺の目を真っ直ぐと見つめ返してきた。


「ふはっ。まあせいぜい頑張れよ?いい子ちゃん」

「貴方も夜道には努々お気を付けて。ブスリと背後から刺されないように鉄板でも詰めておいたら如何ですか?」

「いい子ちゃんは大変だなぁ?大嫌いな奴にも心配しなきゃなんだからよ」

「貴方の心配なんてする人が居たんですか?驚きました。その方には是非『考え直した方がいいですよ』とお伝え下さい」


俺の嫌味を意にも介した様子もなく淡々と返す黒子。
多少の苛立ちが沸き起こるが、そんな事などお構い無しに黒子は続ける。「それに花宮さんにはまだ木吉先輩に謝るという大切な作業が残っているので、死なれたら困ります。ああでも万が一にでも貴方が刺されて死んだなら笑いに行って差し上げますけど」

「テメェの顔なんざ死んでも見たくねぇよバァカ」

「そのバカって言うの止めてくれません?腹が立ちますゲス野郎」

「テメェも言ってんじゃねえか!黒子っ」

「あ、名前を呼ばないで貰えません?花宮さんに呼ばれるとゲスが移って腐るような気がします」

「そのまま腐りきって朽ちちまえば良いんじゃねぇのか、なぁ黒子クン?」


呼ぶなって言ってるのに。
死んだ魚の様な目をしたチームメートと同じ様な目でそう訴えてくる黒子との、言葉遊びをするような会話は可笑しくて堪らない。その内容が可愛らしさなんて欠片もない殺伐としているものであろうとも、話し掛けた当初に思っていた程の嫌悪を今は抱いていない。
いや、むしろ―――


(っ、何考えてんだ俺は)


柄にもない事が脳裏に一瞬過り、けれどすかさず否定する。


「どうかしましたか花宮さん?」

「んでもねぇよ、バァカ!」

「心配してやった人間に対してその態度とは、流石ゲスのやる事は違いますね。全くもって見習いたくもありませんが」


ああ、そうだ。そうなんだよ。
俺はどうしようもないと自分ですら思っている程のゲスな精神を誇ってすらいる。
そして天才という人種を何よりも嫌っている。
木吉みたいな能天気な奴なんざ喋るだけで疲労感と苛立ちが半端ないし。況してや黒子みたいないい子ちゃんは視界にすら入れたくないほど大嫌いだ。
今此処が街中じゃなく、バスケコートであったなら。
真っ先に壊して絶望を見せ付けてやりたいくらいには、黒子という人間は生理的に受け付けない筈なんだ。
それがどうして、


(お前と話しているのが楽しいだなんて思わなきゃいけないんだっつうの)


どんな悪夢だと、花宮は頭を抱えたくなった。
そんな花宮の姿に首を傾げるだけだ。
その姿が何故だか無性に苛ついた。


「テメェなんざ大っ嫌いだバァカ」

「貴方に言われるまでもなく僕も貴方が嫌いです」


舌を出して馬鹿にするように言い放てばすかさず同意を返された。
一瞬、心臓がジクジクと痛んだ気がしたが、それは全くの気のせいに違いない。
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