誇り抱く桜の如く

「天帝さまァ?どうしてわたしの元に来てくださらないのです?」

睡蓮と翠凛の居る部屋に向かう為に回廊を歩いている時に声を掛けられた。
そこに居たのは既に側室の座から下ろし家へと返した筈の、俺が天帝になった際に貰い受けた『側室』だった。

「藍香」

藍香、と呼べば嬉しそうに頬を染める女。
それには何の感情も抱かないが、何故、此処に居るのかと問わねばならない為に足を止める。
こんな所で時間を潰してなどいられないと言うのに。
少しでも長く傍に居たいと言うのに。

「わたし、ずっとずっと良い子にしてましたァ。天帝さまがわたしの元へ来てくださるのをずーっとずーっと待ってましたァ」

俺の苛立ちを気にも留めずに話し出す藍香は、虚ろな瞳をしていた。

「香鈴が居ない今、わたしが天帝さまの正室になるべきではないのですかァ?」

何故、あの忌み子を生んだ女が正室の座に返り咲いているんですぅ?
何故、あの忌み子を大切にするんですぅ?

黒漆のような長い髪に、深淵のような黒いまなこ。
そのまなこを俺に向けながら、藍香は俺に詰め寄ってきた。
言い返そうとした。
けれども出来なかったのは、藍香の次の言葉があったから。

「あはっ。それともぉ。天帝さまはァ、天帝さまのお父君と同じ性癖の持ち主なんですぅ?」

「我が父と同じ?」

眉を顰め、藍香の言葉を待つ。
藍香は勿体ぶるように紅い唇をにんまりとさせ、俺の腕に寄り添ってきた。
香鈴とはまた違った、嫌な臭いだ。
俺は睡蓮以外の香の匂いを、あまり得意としない。
きっと幼い頃から共に在ったからだと、そのように思った。

そんな幸せな頭を冷やすような言葉が藍香から発せられたのは、藍香が俺の胸にしなだれかかった頃。

「子を宿した女を犯すのが趣味の、変態ですぅ」

ご存知無かったですかァ?

着崩した着物から垣間見得る胸を押し付け、藍香はケラケラと笑う。
そのあからさまな行動が苦手であった。
いや、いや。今はそんな話はどうだって良い。

――藍香は今、なんと言った?

「天帝さまァ。藍香の胎にも子種を注いでくださァい。あの女だけ狡いですぅ。天帝さまの御子を生めて、本当に狡い」

「……育てられる自信でもあるのか」

藍香との間に子を作る気など無かった。
けれどもソレを聞いたのは、きっと単なる興味本位だったのだろう。
藍香はきょとりと目をまぁるくして、可笑しそうに「あはっ」と笑う。

「何故わたしが子を育てるのですぅ?なんの為に乳母が居ると思っているのですかァ。変な天帝さまですねェ」

本当にそのように思っているのだと言わんばかりの藍香に、気が可笑しくなりそうになる。
睡蓮が行ってきた行為を、陰口を叩かれながら翠凛を育てるという苦労を、馬鹿にされたような気分になった。
その時、俺が助けてやれたわけでもないのに。
それでも睡蓮を馬鹿にされたようで嫌だった。

この場から立ち去って、睡蓮と翠凛を抱き締めたくなる。

けれど話さなければいけない。
聞かなくてはならない。
我が父の、大罪について――

「前天帝さまはァ、菩薩の妹君に酷く執着されていたそうですぅ。すごくすごーく大好きだったみたいなんですぅ。天帝さまを想うわたしと一緒ですねェ。でも、それを闘神の一族が攫って行ったァ。ここもわたしの今の状況と同じですねェ」

この意味、聡明なる天帝さまなら分かりますよねェ?

「我が父が、睡蓮の母上殿を……穢したというのか……」

「正解ですぅ。さすが天帝さまァ。わたしの大事な大好きな方は本当に聡明ですねェ」

藍香の言葉に、発言に、思考が固まる。
父上が睡蓮の母上殿を穢した?
胎に子が居る状態で、性交渉をした?
――それでは生まれる筈のない禁忌とされる双子とは、まさか。

「天帝さまァ。私が天帝さまのお考え当てて差し上げますねェ?」

「……めろ」

「忌み子である双子はあなた様のお父君の狂った愛情が生んだ憐れな存在で、」


――どちらかがあなた様の兄妹となり得るのですよぉ。


「そのどちらかはわたしも分かりませんけどねェ」

「……何故、その話をお前が知っている」

「天帝さまのことならなぁんでも知りたかったからァ。わたし頑張って調べたんですぅ」

褒めてください。
たくさんたくさん、愛してください。

藍香の重い愛に俺は応えることは出来なくて。
それでも藍香の言葉が脳裏を駆け回る。

もしかしたら。
俺と睡蓮は兄妹なのではないのではないかと。

もしかしたら。
翠凛は俺の父が水仙に生ませた子なのではないのかと。

何故、前闘神に父上が殺されたのか分かった気がした。
菩薩の姪を穢したのは、もしかしたら自身の子を宿した女を手に入れようとする理由にしたかったのかも知れない。
我が父上はそんな狂った歪な愛情表現しか出来なかったのだ。

それはなんて。
なんて、醜いのだろうか。

「天帝さまァ?どうされたのですかァ?」

「……藍香」

「はぁい」

藍香は期待に満ちた目を向けながら、俺を見る。
俺はそんな藍香に向けて、ふっと微笑んだ。
藍香は目を見開いて、頬を染め上げた。
きっとそれな傍から見たら美しい表情なのだろう。

「お前に刑罰を課する」

「……え、」

「懲役五百年の刑に処す」

「ど、どうしてですかァ?天帝さまァ?」

「無断で天帝城に入り込み、有りもしない噂を話す。それは大罪ではないか?」

「……て、んていさま?嘘ですよねェ?だって天帝さまが一番愛してくださってるのはわたしですものねェ?」

「お前を愛したことなど一度足りとてない」

俺が愛しているのは我が妻、睡蓮と我が子、翠凛のみだ。

ハッキリとそう言えば、藍香は「嘘」と呟き続ける。

「嘘です。そんなの、嘘です。かどわかされてるんです。あの阿婆擦れに。あの忌み子を生んだ女に。だから――天帝さまを、わたしがお救い致しますね?」

うっそりと笑った藍香は、俺を突き飛ばすと走り出す。
その足は確かに『正室の部屋』である睡蓮が居る場所へと向かって行っていた。

「待て!」

声を張り裂けんばかりに上げ、藍香を追う。
藍香は何かに取り憑かれたように走る速度は上がっていき、追い付けない。


バタン!


大きな音を立てながら部屋が開かれた音がした。
その後に微かな悲鳴。


「睡蓮!」


俺がその場で見たのは。
髪を振り乱した藍香と、呆然と佇む翠凛と、血塗れの睡蓮だった。
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