心臓の上に呪いが咲いた

「それで?逃げて来ちゃったの?」

「逃げるだなんて人聞きが悪いわね、戦略的撤退と言って」

「逃げてるじゃん」

双子の兄のカエデが笑う。
けれどその顔をすぐに引っ込めて、書庫から持ってきた本を開きながら、何やら難しい顔をし始めた。
起業したカエデは色々なことに手を出しているけれども、この家の色々な書物がソレに役立っているらしく、ちょくちょく書庫に籠りきりになることがあるから困ったものだわ。

「それで?」

「なに?」

「モミジはどうしてその『戦略的撤退』を行ったの?」

「……当然でしょ」

「何が当然なの?」

「だって、……普通に考えてみて頂戴。あたしはもうすぐ結婚するのよ?そんな身の女が、殿下とはいえ他の男と仲睦まじくしている姿を誰かに見られたら……」

「まあ、不貞を働く女と見られかねないね」

カエデは納得していないように、尚も食い下がる。

「でも、そんなの建前なんでしょ」

「……」

無言を肯定と取られたのか、今度は納得した顔をするカエデに、あたしは何にも言えなくなる。

「それにしても、あの人。何を仕出かすかなァ……」

「なんの話?」

「ふふ。恋に狂った男の話」

「まるで……この家の悪しき風習のような話をするのね」

「モミジが望めば、そんな話にはならないと思うけれどもね」

にっこりと笑うカエデはそれだけを言うと、じゃあ僕はこれから仕事だからと言って部屋を出て行ってしまった。
あたしは椅子に深く座ると、長い息を吐き出した。

「あたしが望めば、ね」

そんな甘い展開、きっと許されないでしょうけれども。
そう内心でぼやいて、不意に窓から空を見上げた、
見えた空はあの日見た空とは違って薄曇りだったけれども、そのせいで嫌でもあの狼のような瞳を思い出してしまった。
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