『鬼灯堂』

きみを忘れたくなくて、必死に繋ぎ留めた。
狂おしいほどに想うこの心を。
決して誰にも渡さないために。
ねぇ、葛葉。きみはいつか言ったよね?
ずっとは居られない。だから、この想いだけは置いていこう、って。
信じてたんだよ。置いて行ってくれるって。
だけど私はしつこくて執念深い蛇のような男だから。
きみが私の元から逃げるのを許せなかった。
だから絶対に言い逃げなんてさせないよ。
例えこの想いを憎しみに変えてでも守ろう。
私はきみを、何よりも誰よりも愛しているから。

「葛葉、次に相見える時、私は今の私とは違う姿をしているのだろうけれど、この想いだけは変わらないよ。ううん。きっと、もっと大きくなっているんだろうね?」

覚悟しておいて。
私はね、きみのことが本当に大好きで、いとおしく想っているから。
だから、またきみを手に入れる為ならなんだってするさ。
神様だって、堕としてみせよう。


◆◆◆


「僕の奥さんは可愛いなぁ」

「英智は振られても振られてもめげねぇなぁ……」

「そりゃあね?大好きだから、当然でしょ」

「そういうものか?でも……もう忘れてもいいんだぜ?狐だってもうきっと、お前のこと、」

「──旭」

「な、なんだよ……」

「あの困ったような顔してる僕の奥さん、可愛すぎない?」

「……はぁ~。心配して損した。お前はお前のままそのままで居てくれ……」

「ふふ。ありがとう。旭」

知ってるよ。彼女が『英智』という少年に微塵も興味がないことくらい。
分かってるよ。彼女が未だ『保名』という男に囚われていることくらい。
だけどそれは好都合。
彼女の中に『保名』がいる間は、僕は僕として正気を保てているから。
この千年、長かった。再び出逢えた時、僕以外の男とどう付き合ってきたのか問い詰めたかったくらいには。
でもそれをやめたのは、彼女があまりに変わらず生きていてくれたから。
千年前と変わらない空気を纏い、千年前と変わらない眼差しを持ち、千年前と変わらない優しさがそこにあった。
彼女が僕を遠ざける理由なんて、簡単に想像ついたよ。
今の世を生きて欲しいと、そんな風に思ってくれていることくらい。
でもね?葛葉。僕は執念深いから。
もう二度と、離れたくない。一秒だって本当は共に居たい。
それに──

「もう二度と、あんな顔させたくないからね」

僕から離れていく時に見た、大きな腕に身体を抱きすくめられていた葛葉は、あまりに頼りない顔をしていた。
悲しそうな、切なそうな、苦しそうな顔をしていた。
きっと本人は気付いて居なかったのだろうけれども、伸ばされた細腕を手に取りたくて仕方なかった。
届かなかった腕を、憎くも思った。

あんな顔をさせるくらいなら、あんな想いをするくらいなら、何度だって振られた方がマシだ。
きみが呆れた顔をして、僕はヘラヘラ笑って、旭が慣れた様子で雑誌を読んで。
それはまるで、千年前と同じだろう。

生まれ変わるまでに千年待ったんだ。
幾らだって僕は待ってみせるよ。

だからどうか最後は、僕に振り向いて。
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