心臓の上に呪いが咲いた

「何してるの?」

「アナタは?」

「……驚いた。僕を知らないの?」

「知っているわよ。正確に言ってあげましょうか?アナタがどうしてこんなところに居るの?と」

「酷いな、アーウィンクの当主。少しくらいは冗談に乗ってくれてもいいじゃない」

「この時間すらもあたしには惜しいので。あと、アナタに関わっていると不幸になる気がするの」

殿下、とその方の名を呼んだ。
ブロンドの髪を掻き上げて、まるで狼みたいな灰色の瞳を柔らかく歪める男は、この国の第一王位継承権所持者。要は王族で王子。
そんな男がどうしてこんなところに居るのか……。
はあ、とあたしは大袈裟なまでに溜め息を吐いた。
こんなところ、と称した場所はあたしが守るべき家だけれども。

「眉間に眉が寄ってるよ、何か嫌なことでもあった?」

「今現在、あたしにとって不利益な時間が生じているからかしらね」

「それは大変。その元凶を今すぐもてなそう!」

「元凶なことは理解しているのね……」

「きみ、僕のことを馬鹿にしているのかい?」

「アナタを馬鹿にしてアナタがこの家に、ひいてはあたしに近付かなくなるのならば、あたしはアナタのことを馬鹿にし続けるでしょうね」

なんて、話している時間も惜しい。

「あたしには時間がないのよ」

「何をそんなに焦っているの?僕がなんとか出来ることなら幾らでもしてあげるけれども」

首を傾げて目をまぁるくする殿下にあたしは首を振る。
アナタは用無しとばかりに。
きっと普通ならば極刑ものでしょうね。
けれどもこの男は何も言わない。
婚約者すら放ってあたしを構う。その点に関してはあたしが裏でどんなことを言われているか知らないんでしょうね。

何が楽しいのか、何が面白くてこんなところに来るのか、分からないけれども。
きっと気付いたらいけない感情なんでしょうね、とそっと目を伏せた。

「アーウィンクの当主……?本当にどうしたの?」

「……殿下」

「なぁに?」

「正式な場での言葉では御座いませんが、この度。アーウィンク家当主、モミジ・アーウィンクはとある男性との婚姻が決まりました」

「……」

目を真っ直ぐに見ようと思って、見れなかった。
殿下からの言葉は、ない。
反応がなくて、どうしたのだろうと思ってしばらくしてからそっとその顔を窺えば――

「何、泣いてるのよ……」

びっくりした。
あまりにも綺麗な顔が、その灰色の瞳から、綺麗な涙を流していたから。

「だって、きみが、婚姻なんて言うから……」

「アナタには関係ないでしょ?」

「関係あるよ」

驚くほどに静かな声を発した殿下は、アタシの目の前に跪く。

「ちょ、ちょっと!?」

こんなところを誰かに見られでもしたら……!
アタシは気が気じゃなくて殿下を立たせようとその身体に触れた。

「……え、」

瞬間、腕を引っ張られた。
見えたのは青空。綺麗なまでのその色に、アタシは一瞬見惚れる。
けれどもそれを許さないとばかりに顔を掴まれた。

「殿下……?」

「すき」

「え、」

「好きだよ、モミジ」

蕩けるようなその顔に、アタシはゾッとした。
早くこの男の傍から離れなければ。
そうしなくては、いけないのに……。

「なんの、気の迷い?アナタ、婚約中の身でしょう?」

それは言ってはいけない言葉だったのかも知れない。

「気の迷い?はは、可笑しいな。結構、きみに伝えてきたつもりだったんだけど」

「何を……」

「ねぇ、モミジ」

「アタシの名を気安く呼ばないで頂戴」

遠くから殿下の名を呼ぶ声が聞こえた。
アタシはそれを良いことに押しのける。

「モミジ、逃げる気?」

「……王族に関わる気はないし、アタシも……遠くない未来アナタだって結婚する身。当然でしょ?」

「……そう」

そこにはもう言葉はなくて。
何も言わない殿下に、アタシは逃げるように屋敷の中へと入って行った。
屋敷の庭にある薔薇が噎せ返るような芳香を放っていたのを、アタシは良く覚えている。
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