SS 121~140

「好きだよ」

そう言って笑うのは俺の幼馴染。
彼女は俺に好意を抱いている……わけではまったくない。
ただ挨拶のようにそういうのだ。
まるで習慣化したその言葉を、俺はいつだって「はいはい、俺も好きだよ」と返すして、その柔らかな一度も脱色していない髪の毛を触れるように頭を撫でる。
彼女は猫のように擦り寄ってきて、目を細めた。


俺は彼女が好きだ。
あまりにも好きすぎて、この『幼馴染』という関係を崩すくらいなら、壊すくらいならいっそ一生このままで良いと。
幼稚だった俺はただそう思っていた。

本当の意味での『好き』を言えずに。
彼女が俺の前から消えるだなんて思いも寄らず。


「は……?なんだって?」

今、お袋から聞いた言葉が信じられなかった。
今、お袋は、なんて言った?

「だから、せっちゃん……亡くなったらしいの。明日お葬式に出るから、アンタも用意を……」

グスグスと泣いたのだろう。
腫れているその目を更に擦りながらお袋はそう言った。
その言葉を脳が処理した瞬間、家から飛び出していた。
ちょっと!なんて言うお袋の俺を呼び止める声は俺を制することは出来なかった。

「せっちゃん!」

あ、俺今、久し振りに彼女の名前を呼んだ気がする。
名前と言うか、愛称だけれども。
昔は良く呼んだな。
俺だけが許された――その愛称を。

バタバタとしているせっちゃんの家の中。
俺を見止めたおばちゃんが俺を見て、泣き出した。

「兵司くん……瀬津に会いに来てくれたの?」

涙でぐしゃぐしゃのおばちゃんの言葉に、俺は条件反射のように頷いた。
通された場所は畳部屋。
せっちゃんと良く遊んでは怒られたっけ?

「……せ、っちゃん……」

そこに眠るように横たえられた彼女を見て、ああ、本当なのかと。
せっちゃんは死んだのかと。
そう思ったのに。
俺の心は凪いでいて。涙はひと粒も零れなかった。

「せつ……」

うわ言のように彼女の名前を呟いて、息を大きく吸って、吐いた。


あれよあれよという間に葬式も終わり、せっちゃん……瀬津は焼かれて煙になって空へと昇っていった。
ぼうっと空を見上げる。
手なんか伸ばしてみたりして、何かが掴めるわけでもないのに。
瀬津の昇っていった残滓を掴むように、諦め悪く高く高く、手を伸ばす。

「まだ、今日はお前に「好きだ」って言われてねぇぞ」

それが親愛でも良かった。
なんて言葉はもう吐かない。
本当は分かっていた。
瀬津が俺に「好き」だと言った後、頭を撫でると心底嬉しそうな、いとおしい者に触れられて嬉しいのだと。
そんな感情が伝わってきていたことに。

これは俺の勘違いで。
ただの希望だったのかも知れないけれども。

瀬津も同じ気持ちだったなら良いな、と。
そう俺は思うのだ。

もう何もかもが遅いのに。
もう瀬津は居ないのに。

「瀬津……」

空に向かって好きだと言おうとして、やめた。
俺は生身の瀬津に伝えたかったから。


それはまるで終わりの見えない、何処にも昇華されることのない。
俺の密やかで自己満足な。
それでも確かに、これは静かな終わりなき恋なのだろう。
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