SS 121~140

短編 ファンタジー
『もうキミは何処にも居ない』の魔女視点



それを話したのは、ほんの気紛れ。


「そう言えば陛下は知っているかしら?」

「何をだ?」


まだ私が城に居た頃。
陛下が少しずつ私から距離を置き始めたのを感じ取ったのは、ほんの数カ月前。
少しずつ少しずつ、陛下は私への接近を控えられていた。
私はね?どうでも良かったのよ。
城の者達の心無い言葉も、王妃として相応しいのはわたくしだと言ってきた女も。
どうでも良かったのよ。
ただ、陛下が私の側に居てくれたら、本当にそれだけで幸せだったのだと、そう言えたら良かったのにね。
私はあまりにも陛下の立場も、自分の立場も分かりきっていたのだ。


「魔女には『禁忌』とされている魔法があるのよ」

「それは……興味深いな。どんなモノなんだ?」

「生きている人間の命の残量を取りかえっこする魔法」

「それが禁忌なのか?」

「ふふ。当たり前じゃない」


だってそんなことをしていたら、人間は欲深いから永遠を求めてしまうもの。


「だから取り扱うのも禁止なのよ」

「それを使ったら、どうなるんだ?」

「身体から魂まで、その場で砂になって消えてしまうらしいわ」

「それは……お前は、使うなよ」

「誰に頼まれてもしないわよー」


そう言って笑った。
その翌年には私は城を追い出されたけれども。
私は仕方がないわよねぇ、と近くの町で薬剤師をしていた。
幸せだったのも私が魔女なのも事実だもの。仕方がないわ。
そう自分に言い聞かせて。


薬剤師として町の人達に暖かく迎えられ。
きっと私はここでも幸せになれる。
そんなことを思って過ごしていた時だった。


陛下が倒れたと聞いたのは。


使い魔を飛ばして様子を見れば、不治の病と騒ぎになっていた。
幸い、後妻のお妃様との間には世継ぎはいたから、薄情な人間は特に騒いでいる振りをしているだけだったけれども。


「陛下が、病気……」


いつか陛下に話した『禁忌』の魔法を思い出す。
薔薇の庭園の中を二人して歩きながら話した、あの時の香りが鼻孔をつく。


「ああ、馬鹿ね、本当に……」


私は仕方がない程に、あの人を愛しているようだった。
きっともうそんなに時間はないだろう。
そう思い、城に駆ける。
部屋に入った時に侵入者だと剣を向けられたけれども、陛下の声と、陛下の不器用な私への愛を知っていた側近が、私が陛下に向かって歩いて行くのを止めなかった。


何かを言いたげな陛下にした、最期の口づけは少しだけしょっぱかった。


「これ、陛下に渡して置いて頂戴な」


少しの眠りについた陛下に私は側近にストールを渡す。


「畏まりました、王妃様」

「私はもう王妃じゃないわよ。しがない薬剤師」

「私の中でも、陛下の中でも、王妃は貴女様ただひとりです」

「それは……嬉しい言葉のような、何とも形容し難い感情ね」

「喜んでくださいよ。きっと貴女という存在は永遠に語り継がれるのですから」


その言葉に私は笑った。


「そのことなんだけど、私のことを覚えているのは、貴方だけにして欲しいのよねぇ」

「何故です?もう一度、陛下の側に戻れる機会だというのに」

「私はさ、もう死ぬからあんまり関係ないのよね。永遠とか、信じてはいないし」

「なに、を……?」


私の身体が微かに砂になっていくのを感じる。
醜いものを見せてしまっている自覚はあるのだれども、仕方がないじゃない。
この魔法は、そういうモノなのだから。


「愛してたって、伝えられただけで。私は結構、満足なのよね」

「それは、ただの自己満足ではありませんか」


険しい顔の側近に、私はにこりと微笑んだ。


「自己満足で私を守った男の妻だったのよ?移っても、仕方がないわ」


私がそう言えば、側近は静かに「そうですね」と項垂れた。
私の身体はどんどん崩れていって、どうしようもない状態まで来てしまった。


「そのストール、暖かくて重宝したわ」


陛下が居ない寒さを、拭ってくれた。
何かを贈りたがった陛下に奪うように「これが良いわ」と言って貰ったモノ。
もう。崩れてしまった腕では似合わないから。


「貴方もありがとう。これからも、陛下のこと宜しくね」


あとのことは全部任せて、記憶は全部、持って行くから。


私は笑い、『私』は崩れた。



「陛下が貴女のことを忘れるわけがないじゃないですか」



王妃様。そんな言葉を彼が残していたことを、私は知らないままに。
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