SS 121~140

「どーしてさぁ、キミは僕の言うことを聞いてくれないの?」

「言うことを聞くも何も、毒殺したいと言われて頷く阿呆が居るか?」

「僕はキミを愛してるから、一時でも側に居て眺めて愛でて触れたいの!」

「愛のベクトルが相変わらず重いな。お前は」


私は、はぁ、と溜め息を吐く。
この目の前に居る男は魔女だ。男だから魔女というのは可笑しいという認識は人間のみが持ち得る感情だろう。
魔女族には階級制度があり、その最高位が『魔女』なのだから。

今はそんなことはどうでも良いが。
それよりも相も変わらず私を毒殺する癖はどうにかならないのかと、彼と出逢ってから何千回目かの溜め息を吐きたくなった。
幸せなど逃げているだろうな。
まあ、もっとも。この男は自身がもたらしたモノ以外の幸せなんてモノは徹底的に排除するだろうが。


「ねぇ、お願い? 毒殺させて?」

「お前、私が死なないからと言って毒殺毒殺と言うが、本当に死んだらどうする気なんだ?」


吸血鬼は死なない。そうそう、という意味ではあるが、大抵のことでは不死身だ。


「え? そんなの後を追うに決まってるじゃない」


きょとんとした緑色の瞳を向けられ、そうか。と引き攣った笑みを浮かべるしか出来なかった。
この男の心の中の大半、いや、すべてと言っても良い程に私という存在が占めている。
それは、吸血鬼という種族として生き続け、誰からも称賛されて愛されてきた私には、得過ぎた思考であった。
何せ、私は自身で言うのもなんだがどの吸血鬼よりも美しい。
しかも純血の吸血鬼だ。
純潔は散らされて久しい程には、他の男と遊びまくってもいる。
正確には、血を貰うついでにそういった行為をしてきただけで、個人的にそういった行為が好きかと問われると。大変に困るのだが。
何故かと問われれば、別段好きではないからと言うしかないだろう。

傲慢な私の『施し』のようなモノだったのだ。

それがどうだろう?
今では血の味は最低、いや、劇薬でしかない魔女と番になっているではないか。
しかも求められればそういった行為は、まあ、恥ずかしい話……では全くないが、営みには積極的に応えている。

しかし。如何せん、この男は突飛で、すぐに「キミと死にたい」だの、「キミが他の男の血を吸うの嫌」だの言っては、自身を傷付け、その身体に流れる命を垂れ流しにするのだ。
魔女族の血は臭い。汚泥よりも、腐った卵よりも、濡れた獣を拭いて更に牛乳までもを拭いた生乾きの雑巾よりも、臭い。
全て例えなのだが、もうそれくらい臭いとしか言いようがないのだ。

そんな魔女の血なんて近付きたくもない。
だが、この男は私の伴侶たる魔女。
私は惚れた弱みで毎回毎回、甘んじて死んでやってみせるのだが、それでも精神不安定なのか、ただ単に私を好きすぎる故なのか、この男は私がこの男をしっかりと愛していることを信じないし、私が生命維持の為に吸血をすることを納得しないのだ。
お陰でこの百年は輸血パックのお世話になっている。
それも許せないらしいが、じゃあどうしろと? と言いたくなる。
顔馴染みというか、幼馴染の現魔王にそう愚痴れば親指を突きたてられた。
吸い尽くしてやろうかと本気で思ったのを思い留めた私は褒められて良いと思う。


「お前はどうしたら私を信じてくれるんだ?」

「うーん。……無理だよ。だって僕、キミの純潔を散らした男ですら、僕以外に触れられた身体も許せないんだもん」

僕でたくさんたくさん上書きしてあげる。
僕がたくさんたくさん愛を注いであげる。

うっそりと笑った男に、真顔で放つ。


「わりと頻繁に求めてくる理由はソレか」


てっきり子供でも欲しいのかと思っていた。
そう答えれば、男は「なんで?」と声を発する。


「僕以外がキミから生まれるのなんて、許さない」


ゾッとするような声音だった。
いや、いや、それ以前に。


「お前、私の腹から生まれたら、お前は私の夫ではなくなるが。それでも良いのか?」

「あ、そっかぁ。それはダメだね!」

「個人的には子供も欲しいのだが」

「キミの取り分が減るからだーめ」

「……お前、まさか私に呪いか何かかけているか?」

「あれ? 気付いちゃった?」

「……お前な……」


私は呆れたように顔を手で覆う。
本当にこの男は。
私が欲しいモノはなんだって(貢げなんて言っていないのに)与える癖に、どうして子供だけは出来なかったのか、理由が分かって、頭が痛くなってきた。


「僕は全人類と全魔族が滅びるまで、キミとの子供は作らない」

「私が先に死ぬな」

「その為に今、研究してるんだー」

「くだらん」

「そう言って居られるのも今の内だよハニー?」

「世界滅亡どころの話はしないでくれ、ダーリン」


私は何千回目の溜め息を吐いて、肩を竦めた。
これが、私達夫婦の日常の一コマである。
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