SS 121~140

千年などあっという間じゃった。
そんなあっという間の時間に、わらわは出逢った。
この先、千年を生きようとも忘れられない。
そんな、まあ、言ってしまえば雷が全身に走るような衝撃を受けたと言えば伝わるかの?
とにかく、好いてしまったのじゃ。
60年しか精々生きられない、何の神通力もない。
ただの、人間を。
好きになってはいけぬと、好きになった瞬間に思った。
わらわは永く永く生きる。
故に置いていかれることを恐れた。
けれども。その人間はわらわのそんな臆病な感情なんぞ知らんとばかりに歩み寄って、終にわらわを捕らえてしまった。
ああ、なんたる失態。
このような20も生きていないような小童に。
わらわは、捕まってしまったのじゃ。

「のう。わらわは幸せじゃったぞ。お主はどうであった?」

「……ぼくも、しあわせだったよ」

うつらうつらと半分夢の中に居る人間。
死の香りが近付いてくる。
この愛しき存在を連れていってしまう。

「のう、のう。わらわともっと話をしてたも」

「……うん、おはなし、いっぱいしたいね。なのにごめん。すごくねむいんだ」

「……そうか。わらわと話が出来ぬか」

「きらいになっちゃった?」

「ふふん。わらわを何と心得る。わらわは一度好いたモノは嫌わん。例え何をされてもの」

「ふふ、そ、いうとこ、すきだよ」

「好きか。そうか!」

人間の言葉に嬉しくなる。
こんな感情がわらわの中にあるのだと教えたのはこの人間だ。

「ねぇ」

「なんぞ?」

「ぼくが、しんだら、きみは、ほかのひとを……あいするのかな……?」

「……」

「ねぇ」

問われたその言葉に、何も返せなかったのは。
人間が己に迫り来る『死』を受け入れようとしておったから。

「わらわは……お主だけを好いておる」

「ほんとうに?」

「ああ、本当じゃ」

「ふふ、そんなにしあわせなことはないなぁ」

人間は力なく笑う。
目尻に出来た皺をくしゃりと歪めながら。

「あいしてるよ」

「嗚呼、わらわも、お主をあいしておるぞ」

人間はそれだけ聞くと、しあわせだ、と呟いて眠りについた。
長い長い眠りについた。

妖は魂を失った躯の、その痩けた頬に手を宛がい、その乾いた唇にそっと口づけた。
恋仲になってから、人間が寝たきりになっても続いた習慣を、今日はまだしていないと気付いたからだ。

「あいしておるぞ」

わらわは、お主をあいしておるぞ。
お主との想い出だけで、この先、千年を生きられるくらいには。
人間の、わらわの夫よ。

幸せな日々をありがとう。
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