SS 101~120

※下品な言葉が出てきます



深淵の底を見るのなら、また深淵も自身を見ているのだと思えと何かで読んだ。
多少違っているが、まあ、誤差の範囲内だろう。
そんなことはどうだって良かった。
要はそのモノを見ている時、相手も同じ様に見ているのだと、そう信じて疑うなということだろうか?
私には小難しくて良く分からないが。
もし、そんな意味であったならば……


「それは大きな間違いだって気付くのが遅すぎたってことだな?」

「き、清」

「ああ、いいんだよ。全部ぜぇんぶ。私が悪かったのさ。私が貴方を過信したが故の、私が私を過信したのも悪かったんだから」

「ちがっ、これは本当に違うから!」

「何が違うんだ?貴方は現に今まさに、私の目の前で、去って行った女史とキスをしていたじゃぁないか」

「それはっ!あいつが無理矢理!」

「無理矢理?無理矢理貴方は舌を絡めるのかな?」

「っつ」


ああ、話にならない平行線だ。
どうしてこうも信じてしまったのだろうか。
もうこれでキスをしている現場と、セックスをしている現場を合わせると、三十二回目の浮気だというのに。
どうして『まだ大丈夫』だと信じてしまったのだろうか。
私は大層馬鹿らしかった。
本当に馬鹿らしい。
何よりも、


「何故、そうも焦るくせに貴方はやめないの?何故、私を好きだと言うその口で他の女とキスをするの」

「それは、単に、誘われて……」

「他の女の秘部を舐めたその口で私にキスをするのはやめて頂きたいと常々思っていたから今言うけれども。心底汚らしいし性病を持っていたらどうしてくれるんだ」

「秘部!?そんな恥ずかしい言葉をさらっと清が言うのすっごい新鮮」

「そんなところで感動されても大変に困るし、私はこれでも成人女性だ。そのような言葉を使うこともあるだろう」

「俺とセックスする時も言ってくれる?」

「貴方は阿呆なのか」


そうか。この男は阿呆だったのか。


「私はいい加減に見切りを付けたいと思っている」

「……え」

「何故、驚く?当たり前の感情だろう」


むしろ三十二回も耐えたのだから称えて欲しいものだ。


「そんなの許さない!」

「何故貴方の許可が要るんだ?私にこそ権利はあるものの、貴方にはないだろう」

「だって!俺、清の彼氏だし」

「『彼氏』とは、『他者と関係を持ってもいい』のか?」

「それは、だって、」

「なら『彼女』もそうしてもいいんだな」

「そんなの駄目に決まってるでしょ!許さないよ!」

「他者とキスもセックスもしている貴方にだけは言われたくはない言葉だな」


段々と面倒くさくなってきた。
ああ、もういいか。


「貴方が何と言おうと、ストーカー化しようと、精神を病もうと、私はもう金輪際関わりたくはないと思っている」

「やだ」

「子供のような言い方だな」

「ヤなもんはヤなんだよ」

「まるで子供だ。呆れ果てて仕方がないな。良くも私は五年も貴方と付き合っていたものだ」


私達は高校二年の時から付き合っていた。
今は大学三年生。
いい加減、良い時期なのかも知れない。
来年からは就活も始まるだろうし。
まあ、最も私は一年の時にとっくに内定を貰っているが。
困るのはこの男だろう。
遊び歩いて、留年しかけている。
三十二回の浮気も私が視認しただけの回数であって、本当はもっと遊んでいると知っている。
知っていて、私は付き合い続けた。

好き、だったから。
愛していたから。

そんな言葉で片付けられてしまうような単純な思考回路で彼の隣を歩いていたし、身体を重ねてもいた。
馬鹿だったなぁ。
私はそんな馬鹿に付き合っていたのか。
そんな馬鹿を好きでいたのか。


「私はもう貴方とは居られない」

「全部直すから!悪いところ全部直すから!清!別れるなんて言わないでよ!」

「貴方にそんなことを言われる筋合いはないと、私はもう何度か言った気がする」

「それでも嫌だよ」

「ふむ。話は平行線だな」


ならばこうしよう。


「私が許すと言うまで私に触れるな」

「はあ!?清に触れないなんて俺死んじゃうよ!?」

「いっそ死ねば良い」


ああ、しまった本音が出た。
まあ、彼は気にしないだろうが。
彼にはMっ気があるのか?
どちらでも良いか。


「どうだ?他の女の元に行ってもいいんだぞ?」

「……それは、そんなのしたら、清。本当に居なくなっちゃうでしょ?」

「私は居なくなりはしないよ。貴方如きの人間の為に住処を変える気は一切ない。まあ、ストーカー化するならば話は変わるがな」

「そう言う意味じゃ……じゃなくて、俺は、ちゃんと清に向き合いたいから、もう、他に行かないから。もう、遊びでも清以外の女の子に触らないから」


だから、別れるなんて言わないで。


項垂れるように、私に縋り付こうとしたその手を彷徨わせて、自分の膝に拳を握って下を向いた。


「そうか。それだけの覚悟が貴方にはあるんだな」


もう一度。
もう一度だけ、試してみようか?


そんな感情が少しだけ湧いた。


「分かった」

「え」

「貴方のその発言に免じて、もう一度だけ許してあげる」

「……本当に?」

「私が貴方に、いや、貴方以外にも嘘を吐いたことはあったか?」

「ない、けど……」


ならば問題ないだろう。
そう言って、私は彼の前に座って瞳を見つめた。
彼はごくりと唾を飲み込む。
性欲に順々な彼がこの至近距離で耐えるなんて珍しい。
ふむ。本当のようだな。


「まあ、健闘を祈るよ」


良くも悪くも。
私は一度だけ彼を許すことにした。



**



「それが母さんと父さんが結婚した経緯だな」

「き、聞きたくなかったそんな理由……」


彼そっくりに成長した息子は、性格すらもどうやら私に似なかったようで、遊び歩いているらしい。
まだ高校一年生だというのに嘆かわしい限りである。
ちなみに夫である彼は気まずそうにソファーでコーヒーを飲んでいた。

私は結局許したのだ。
何もかもを。
誠実に本当になってしまった彼のことを。

全く。私も甘いな。
ふ、と笑う。

いつか。私達の息子にも現れればいい。
何を置いても、何を我慢しても、手に入れたいと思う人間が。
……まあ、最も。


「好きな子に振られた程度、大したことはない」

「何で知って!?」

「お前、清が知らないことがあると思ってるの?」

「父さん達の話を聞いた後だと説得力半端ねぇ……」

「三十二回しか浮気を見破れなかった私が、何もかもを知っているわけがないだろう」

「清はもうその話やめない?」

「私は墓場まで持っていくぞ」


訂正。
浮気はやはり許せなかったようだ。
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