刀さに短編集

 何度でも出逢って恋をするから。
 だから鶴丸も、何度でもわたしに恋をしてね。

「そんな厄介な言葉を遺して逝くのか、きみは」

 まるで呪いだな。
 数年前に死んだ審神者たるきみは、俺に【祝福】ではなく【呪い】を遺して黄泉の国に向かった。
 その【呪い】に囚われたせいで、俺は政府監視下に置かれているが、あの何処か呆けた審神者のことだからそんなこと考えもしなかったのだろう。
 ただ純粋に、俺とまた共に在りたい。
 たったそれだけの感情で放った言の葉なのだろう。
 純粋なモノほど歪になりやすいと、霊力の高い審神者だったのだから分かっていて欲しかったものだが。
 まったく。困ったものだな。きみには。
 生きていても、死んでいても振り回される。
 それも悪くないと思っているのだから、俺も政府の連中にとったら困った刀なのだろう。
 そんな感傷に浸っていれば、俺を閉じ込めている扉が開いた。扉には呪符が貼られていて、並み大抵の人間では開けるどころか触れることすら困難だと言うのに。
 キィッと軋む音が聞こえる。何年も開かずの扉だったのに、一体どんな気紛れで開ける気になったのやら。

「おや、きみが審神者に呪われたという刀剣男士かい?」

 呪符が舞い、燃えていく。霊力の強い人間だということがそれだけで分かった。
 声からして女だが、一体なんの用でここに居るのか。
 そう問おうとして、女が一息もつくことなく口を開いたことにより、発せられる筈だった言葉は宙に溶けることになった。

「いやはや。どんな色男かと思ったら、華奢な優男じゃないか。きみの主はそういう趣味だったのかも知れないけれども、わたしはガッツリ筋肉のついた色男の方が好みだね。例を挙げるとするのなら蜻蛉切の胸筋とかは物凄く好みだね。もっとも、わたしはきみの元主と違って刀剣男士と恋仲になる気は髪の毛の先の程もないけれども」
「おいおい。初対面で罵倒とは、一体きみは誰なんだ」
「わたしは時の政府で仕事をしている所謂お役人というやつだよ」
「そのお役人様が【呪われた】俺に一体なんの用だ?」
「実はね、近々本丸を持つことになってね」
「それがなんだと、」

 言うんだ?

 その声はまたしても女の声に搔き消された。

「わたしが受け持つ本丸は少しばかり異端視されていてね。前任の審神者が呪い殺されているんだ。そのせいで空気は淀み、時間遡行軍にも見付けられやすい環境下にもなっている。それをわたしときみが浄化作業をして、そのあと後任の審神者に引き渡す、――と言うのが上からの指示でね。わたしは公僕なりに従って仕事をやるだけさ」
「……どうして俺が選ばれたんだ?」

 そんな不安定な本丸の浄化作業。呪われた刀剣男士である俺でなくてもいい筈だ。

「もちろん、きみでなくてもいいのだろう。ただ、その本丸はきみと似たもの同士だと上は判断した。それに……こう言ってはなんだが、呪いが蔓延った本丸で普通に過ごせるものも少ない。だからきみが選ばれた。それだけの理由だよ」
「なるほど。つまるところ、きみも俺も、その本丸の贄ということか」
「そうならないようにわたしは動くが、贄になりたければ好きにすればいい」
「こいつぁ驚いた。お前達政府の人間は捕らえておいた刀に好きにしろと言うのか」

 皮肉を込めて言ったつもりだったのに、自らを政府の犬だと名乗った女はぴくりとも表情を変えない。
 変な人間だな、とその時はそう思っていた。
 否、きっとどれほど時が経てもこの人間の女のことを『変な女』としか思わない気がする。いっそ確信に近い。

「まあ、好きにしろとは言ったが本当に好きにされると困るのでな。首輪を付けさせてもらうぞ」
「これじゃ、どっちが犬か分からないな」
「そういうものだろう? この世界は表裏一体。何が正解で何が不正解なのか、誰にも分からないのさ」

 にこりとも笑わない政府の犬は、それだけを言うと俺の首に何かを掛けた。

「翡翠のお守りだ。これできみの【呪い】は少しだが薄まる」
「そうか……、いや、きみな! こんな便利なものがあるのなら俺のことをこんなせっまい部屋に閉じ込めないでも良かったんじゃないか⁉」
「まあ、上層部に居たんじゃないのか? きみみたいな華奢な男を閉じ込めたいとか思う異常性癖者が」
「うわっ。考えただけで鳥肌が立ったぞ、きみは恐ろしい考え方をするな⁉」
「個人的には、鶴丸国永という個体はそんなにもツッコミ体質だったのかという方が気になるのだが」
「きみは『鶴丸国永』をなんだと思っているんだ……」
「びっくりじじい、驚き求めて三千里、などと審神者の間では言われているな」
「前者は分かるが、後者ははじめて聞いたぞ?」
「わたしの主観だ」
「そうか、きみの主観か。今すぐ改めろ」
「何故?」
「……仮にも俺が神であることを忘れるなよ」
「忘れてなどいないさ」

 ただ純粋にきみのことを崇め奉ることはないだろうね。
 そんなことを平然という女に、女が首輪と言った翡翠のネックレスを引き千切って顔に叩きつけてやりたくなった。
 もっとも、俺は優しいので女人にそんなことはしないと……言い切れないのは何故だろうか。

「そんなわけで鶴丸国永」
「どんなわけだ政府の犬」
「行くぞ。呪われし本丸へ」
「まったくヒトの話を聞く態勢でもないな。……というか今から行くのか⁉」
「? 当たり前だろう」
「きみの当たり前は刀剣男士の常識を通り越しているようだな」
「まあ、あまり深くは気にするな」
「気にしぃなもんでな」

 そんな話をしながら、俺は数十年振りに外の世界に連れ出されたのであった。
 それがどんな政略であっても。
 政府にとったら俺もこの女もただの捨て駒なのかも知れなくとも。
 俺にとってはどうでも良かった。
 あのままあの狭い部屋で錆びるのを待つだけよりも、この数分で数十年間止まっていた時間が進みだした。
 俺の玉鋼で作られた心が動き出している。
 それは政府にとって、否、この女にとっていい変化なのか、悪い状況なのかは分からないが。
 俺をあの部屋から引き摺り出したんだ。
 責任取って最後まで面倒を見てもらおうじゃなか。

「何か面倒くさいことを考えていないか?」
「気のせいだ」

 こうして、政府の犬と呪われた刀剣男士は、曰く付きの本丸へと旅立つことになったのだった。
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