SS 101~120

いとしいとしとなくこころの昔話。




蛇を見つけた。
白い蛇だ。
その蛇は紅い瞳を輝かせながら、村の子供と遊んでいた。
子供のように笑い、子供のように怒り、時に大人に代わり子供を叱る。
そんな蛇であった。
俺はそんな蛇に興味を持って、仕事の合間に時間を見つけては子供たちの輪に加わっては蛇と話した。
その蛇は最初は俺のことを警戒していたが、数日も経てば警戒心を薄れさせた。
蛇とは警戒心が強い生き物だと思っていたが、この蛇はそうではなかったらしい。
阿呆なのかとも思ったが以外に聡明で、ヒトの世のことに詳しかった。
そのことに驚けば「私は貴方よりも数倍は生きているのですよ?」と眉を顰められた。


「ねぇ、蛇」


村の子供が寺子屋に通って居ない時間。
たまたま二人きりになったので、常々思っていたことを訊いてみることにした。


「なんですか?」

「蛇は蛇なのか?」

「……は?仰っていることの意味が分かりませんが……」


蛇はきょとんと紅い目を丸くした後、訝しむように眉を顰めた。


「だから、蛇は蛇なのかなって」

「……私は蛇ですが」

「なら、蛇は妖かい?」

「……ああ、そういうことですか」


蛇は納得したように頷いてみせて、口を開いた。


「私は、妖ではありませんよ」

「そう。やっぱり蛇は『そう』だったんだね」


ヒトに紛れ、ヒトと関わり、ヒトを慈しみながら愛するこの蛇は――


「蛇は『神様』なんだね」


蛇は俺の言葉に、くすりと笑った。


「貴方はずっと私のことに気付いていると思っていましたから、今更そんな言葉を頂くとは思いませんでした」

「確信が欲しかったんだよ」


蛇が妖ではなく『神』であるという確信が欲しかったんだ。


「ねぇ、蛇」

「なんですか。ヒトの子」

「俺の嫁になってよ」

「……はい?」


蛇は全く予想もしていなかったとばかりに間抜けな顔を晒した。
今度は俺がくすりと笑う。


「気付いてなかったの?俺は蛇のことをずっとそういう目で見ていたんだよ」

「……なぜ、私が神であると確認した後にそのようなことを告げたのですか?」


蛇の疑問は最もだ。
神であるということは、妖であるということよりも遠い存在だ。
人間如きが易々と手を伸ばしてしまっていいモノではない。
けれども俺は蛇が『神』であるということを確認してから求婚した。
容易い口約束ですら憚られるような、そんな重い思いを蛇がただの妖でも、ましてやヒトでもないと蛇自身から聞いた後に口にしたのだ。


「蛇の全てを知りたいから、かなぁ」

「私の全て……それは何とも気が遠くなるようなことを易々と」

「そう気軽に口にしているわけではないよ。蛇に全てを捧げる為に口にしているんだ」

「それこそ気軽な言葉ですね。神である私に全てを捧ぐなどという愚かな言葉を口にするとは」


聡明な貴方からは想像ができませんでしたが……。


蛇は困ったように眉根を寄せると、はあ、と息を吐き出した。


「ヒトと関わってみても、ヒトの思考を理解するのは難しかったようですね」

「ふふ。ヒトは案外簡単な思考で出来ているよ。だって俺が蛇に求婚したのも、蛇を欲しいと思った、ただそれだけの感情からきているんだから」

「……やはり不可解ですね。なぜ異形のモノを欲するのか」


貴方も分かっているのでしょう?


「私は神とは言えど、畜生あがりの神。たとえば稲荷の神のような大層なこともできません」

「それがどうかしたの?」

「……貴方が何を求めて私を求めるのか知りませんが、私は貴方に大層なことをしてやれませんよ」

「ああ、なんだ。そんなこと」

「そんなこととは、」

「そんなことだよ」


戸惑う蛇に、くふりと笑う。
この神がいとおしくて、堪らないというように。


「さっきから言っているでしょ?俺は蛇が欲しいんだ」


そうハッキリと言えば、蛇は紅い目を見開いて、緋袴を揺らすと。ゆるく唇を開いて唖然といった顔をする。
そこから覗く赤く細い舌。その舌を吸ったらどんな反応を見せるのだろうと考えて、きっとそれは得も言われぬ気持ちになるのだろうと思って、また笑みが零れた。




それは俺が狂う前。
蛇を無理やり屋敷に縛り付ける前の、平和で平穏だった頃の話。




何代も、何代でも血を繋げて、続けて、蛇の如く纏わりついてでも欲しかった。
この美しくも優しい蛇を。
俺が見つけた、いとしい蛇を。



(結局最期まで、本当の意味では手に入らなかったけれど)
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