SS 101~120

「酷い夢を見たんだ」

「へぇ?どんな」

「君が僕の前から居なくなって、君を探し続ける夢」

「あはは。そりゃ疲れそうな夢だね」


カラカラと君は笑う。
なんてことないように笑う。
僕はそんな君を見つめて、安心する。


(嗚呼、やっぱりアレは夢だったんだ)


酷い夢だ。
愛しくて堪らない君が居なくなる、夢でさえ見たくない夢だ。


「それにしてもリアルな夢だったよ」


僕の浮気癖にいい加減腹が立ったと別れを切り出した彼女は、二人で住んでいた家を飛び出した。
腰に巻き付く名前も知らない女の腕を振り払って適当に放り投げられていた服を纏い彼女を追う僕。
マンションのエントランスを抜け、彼女を探す為に目を凝らす。


――瞬間、


「私がトラックに轢かれて血塗れだった、って?」


人を勝手に殺すなと笑う彼女に、ごめんと謝る。
軽口のように吐き出した言葉に、ふ、と彼女は真顔になった。


「私が居なくなったら寂しい?」

「なんでそんなこと聞くの?当たり前じゃないか」

「じゃあさ、」






――なんで浮気なんてしたの?





ハッと意識が浮上した。
バクバクと鳴り止まない心臓が痛い。
息が苦しい。
服を掴んでゆっくりと深呼吸を繰り返す。


「……ぁ」


ポタリ、涙が一つ布団に染みを作った。
それは次から次から溢れ出して止まらない。
身を縮こまらせるように上半身を折り、襲ってくる胸の痛みから少しでも逃れようとする。


アレは夢なんかではない。
現実に起きた、悲惨な事故だ。
何よりも大切であった筈の彼女を失った、哀しい悪夢。
夢であったならと何度だって思うのに、そう思う度に現実なのだと思い知らされる。
何度謝っても、本当に謝りたい相手はもうこの世界の何処にも居ない。


「……っ、」


身体を掻き抱くように抱き締めて咽び泣く。


何度だって謝るから、どんな罰だって受けるから。
だからどうかもう一度、戻ってきて。力一杯抱き締めさせて。
それがどれだけ自己満足な願いなのか分かっている。
だけど、だからこそ、願わずにはいられない。


きっと僕は死ぬまで夢を見続ける。
君が生きて、死んで、その夢を見たのだと笑い合ったその瞬間、現実に戻される。
そんな君の復讐のような悪夢を。


――それでも僕にとっては何よりも幸せな夢。


君が憎んで恨んだ筈の僕の夢に現れてくれるのだから。
それはとても幸せなことなのだ。


だからどうか次に眠った時も現れてね?
どれだけ辛く悲しくても、君にまた会えるのなら、僕は何度だってこの悪夢を見続けたい。



君が死んだ現実なんて要らない。
君が生きている夢の中でこそ、僕は生きていられるのだから。
14/20ページ