SS 101~120

たくさんたくさん巻き付けられた赤い紅い糸の束。
きっと最初は鮮やかな茜色だっただろう糸の束は、もはや黒ずんだ血の色と何ら変わらない。


「そんなに束縛してまで、果たしてそれは欲しいものなのかねー」


覗き見用のオペラグラスを置いてズズっと居候くんが淹れてくれた紅い紅茶を一口含む。
赤い紅い糸は何れあの子の身体を蝕んで、そのまま終わりへと繋いでいくのだろう。
それを解っているのか居ないのか。
まあ、解らないのだろうね?
解っていたなら、あんなにも糸を絡めたりはしないもの。


「師匠?」

「なんだい居候くん」

「顔が不気味です」

「私の顔は常にこんなんだよ居候くん」

「つまり常に不気味なんですね」

「君も言うようになったねぇ」

「師匠の背中を見て育ちましたから」


凛と背筋を伸ばして書棚を片付ける居候くんに、そりゃあ教育した甲斐があったってもんだね。と笑う。
居候くんは何も言わない。言わないのが居候くんなりの文句の形なのだ。


「それで?」

「なんだい」


居候くんは片付けの手を止めずに問い掛けてきた。
私はオペラグラスを箱に戻す。


「どうして楽しそうにあのお二人を見てらっしゃったのですか?」

「ああ。ははっ。気になる?」

「いえ全く」

「それはねー。あの二人がその内、私の顧客になるだろうからかな」

「いえだから……師匠の顧客、ですか」

「そうだよ」

「絡められた糸を更に強固にする魔術を掛けるのが師匠の仕事ですよね?」

「良く覚えてたね。褒めてあげよう!」

「そういうのは良いんで。……それよりそんなことをするような相手が来るのだとしたら、」

「死んじゃうだろうねぇ。あの人間の愛情に正しく言葉通り絡め捕られ締め付けられて」


――でもそれがどうしたって話だよ。


「私は仕事をするだけさ。愛に囚われて狂ってしまった人間を、裁くではなく、諭すではなく、ほんのちょっと後押しをする」


私は聖人君子じゃなく魔女だからねぇ。
そう言ってにこりと笑えば居候くんは、こちらからは見えないがきっと一瞬だけ眉を寄せて溜息を吐いた。


「俺は師匠の弟子ですから別に何か言う気はないですけど、そんなことしてて楽しいんですか?」

「楽しいよ。そりゃもうこの上なく」


相手を愛しすぎた人間が更に更にと求めた末に私の元にやって来て願うのだ。
『永遠に自分のモノだけにしてしまいたい』のだと。
馬鹿だねぇ。愚かだねぇ。


「願ってしまったその瞬間に、相手は自分のモノには決してならないというのに。例え身体は手に入ったとしても、魂は永遠に手に入らないというのに」


生まれ変わっても側に。なんて、私の所に来てしまった時点でただの絵空事になってしまうというのに。
それすらも知らぬ愛に狂った愚かな子らは等しく私に願うのだ。


「師匠の仕事って、殆ど詐欺みたいですよね」


居候くんがぽつりと呟く。


「失礼だな。最初にちゃぁんと『何を対価にしてもいいんだね?』って訊いているじゃないか。大体ね。魔女に頼み事をする時点でそれ相応の覚悟をしなかった人間が悪いんだよ」

「ほんとえげつないですね」

「はは。もっと褒めてくれても良いんだよ?」

「誉めてないですよ。――で、そんなことを話している間に片付け終わりましたけど」

「じゃあお昼にしようか。特にリクエストはないけれどたまごサンドが食べたい気分かな」

「わかりました。ハムエッグにします」

「どことなく惜しいよ居候くん!」

「師匠が俺のことを『居候』呼ばわりしなくなったらリクエストに答えてやらないこともないんですけどね」

「黒魔女の弟子になりたいだなんて奇特な子だねぇ、君は」

「人の恋情を引っ掻き回す悪趣味な魔女の弟子が奇特でも、何ら可笑しくはないでしょう」

「そりゃそうだ」


あまり広くはないキッチンに足を向ける居候くんを見やりながら、ひひひ、と笑う。
人と人を結ぶ縁たる赤い糸を切って貼って結んで固めて。
そんなことばかりを何百年と趣味と実益を兼ねて続けてきたけれど、それを誰かに譲ることなんて考えたこともなかったけれど。


(居候くんから格上げしてあげてもそろそろいいのかも知れないねぇ)


そんなことを、恐らく本当にハムエッグを作っているであろう居候くんの背を見やりながら思う。
……肉嫌いだって知っている癖に意地の悪さは誰に似たのやら。
困った困ったと肩を竦めて、私は居候くんが昼食の用意をしている間にこれから来るであろうお客を迎える準備に取り掛かった。






※『お茶会まであと何分?』とは違う世界のお話です
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