SS 101~120

ねっちょりとした耳に纏わりついて離れないような、とにかく気持ちの悪い声を聞いた。
荒く吐き出される吐息に吐き気がした。
そんな昨日の出来事を、たまたま委員会が同じなだけの後輩くんに話してしまった。


「それはそれは。災難でしたね」


黙って聞いてくれていた後輩くんの、慰めるような色が含まれた声に、思わず涙が滲みそうになる。


「……先輩。泣かないでください」

「泣いてない」

「はいはい。そうですねー」

「だからっ、泣いてないってば!」

「別に泣いたっていいじゃないですか。怖かったんでしょう?なら、何も不思議なことじゃないじゃないですか」

「……後輩くん」

「あ、名前くらい覚えてくださいよ」

「善処はする」

「絶対ですよ?」


下らない話を後輩くんが振ってくれたから、どうやら少し気分が浮上したようだ。


「あ、そうだ。先輩。なんなら今日の夜、先輩に電話しましょうか?」

「え?なんで……」

「もしかしたらまた可笑しな電話が掛かってくるかも知れないでしょう?僕と話していたら、少なからずソイツから電話を受け取る機会は減るわけですし」

「いや、でも。迷惑じゃ、」

「迷惑だって思うなら、最初からそんな提案はしませんよ。むしろ先輩が嫌じゃないなら電話したいです。先輩と仲良くなりたいって、ずっと思ってましたから」

「後輩くん……キミ、良い子だねぇ」

「あれ?僕なんだと思われてたんです?」

「いけすかない後輩」

「わぁ、悪印象じゃないですか」

「うん。ごめん」

「いいですよ。これから知っていって頂ければ」


眼鏡の奥の目を細めて笑うと、後輩くんはホッチキスで止めた書類を持って立ち上がる。
それに続こうと立ち上がれば、制止の声。


「いいですよ。先輩、これからバイトでしょ?」

「え、あ、うん。そうだけど、」


なんで今日漸くまともに話した程度の仲でしかない後輩くんが今日がバイトの日だって知っているのだろう。
そんな疑問が顔に出たのか、後輩くんが「良く先輩のご友人と話しているのを委員会の時に聞きましたから」と答えてくれた。
そんなに騒がしくしていた覚えはないけれど、狭い教室内だ。
全く聞こえない距離ではないので、聞こえてしまっていたのだろう。
少しだけ申し訳なく思いながらも、壁に掛けられた時計を見れば確かにバイトの時間だ。


「本当なら送っていきたいんですが……すみません」

「いいよいいよ!そんなことまでして貰っちゃったら申し訳なさすぎるし!電話してくれるだけで既に申し訳ないのに」

「僕がしたいことですから」


なんとも優しい事を言ってくれる後輩くんに、本当に良い後輩を持ってたんだなぁ。と今まで遠巻きにしていたのを勿体なく思う。


「あ、っと。じゃあホントごめん!頼んじゃっていいかな?」

「はい。大丈夫ですよ」

「ありがとう!次はちゃんと最後まで手伝うから!それじゃ、またね!」

「はい。また電話します」


後ろから掛かった声に、振り返らず教室を出る。
バイト先までダッシュで行けば何とか間に合うだろう。
靴箱から靴を取り出し、捨てるように落として、履いていた上履きを靴箱に戻すと、引っ掛けるように靴を履いた。

そこではたと疑問に思う。


「そう言えば後輩くん、わたしの電話番号知ってるっけ……?」


教えた覚えはない。
けれど自分がかなり物覚えの悪いタチだと理解しているので、恐らく教えてあるのだろう。
そうでなければ後輩くんは何かしら言ってきた筈だし。


「……っやば」


そんなことを考えている場合ではなかった。
わたしは全速力でバイト先まで走る。
その途中で、もう先程の疑問など欠片も残っていなかった。





「――馬鹿な子ほど可愛いっていうけど、正に先輩はそれだよなぁ」



そんなことを後輩くんが言っていたなんて露知らず。
ギリギリ間に合った達成感と疲れを癒す間もなく、わたしはバイトの制服に着替えていた。
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