黒バス

最初は対戦校の影が薄い奴。
くらいの感情しか抱かなかった。
後輩が散々凄いだのなんだの言うからどんな奴かと思っていたら、なんてことない普通の少年だと。
けれどそいつただ影が薄いだけでなく、パスに特化した選手だと。
俺が去年、喉から手が出る程欲しかった技術を持ったスペシャリストだと。
本人以上に誇っているように語る黄瀬から聞いて驚いた。
そして実感すれば、黄瀬の言葉が本当だったのだと理解した。


どう見たって運動部には見えない身体の何処からそんな力が出るのか。
気付いたらたった一人のパスに翻弄されていた。
主将として叱咤していたが、もしもアイツが味方であったなら。
あの凄いパスを受け取ることが出来たのだろうかと何処かで考える。

「黒子っち!?」

ガッという音と共に黒子が倒れた。
黒子を心配する黄瀬の声が体育館に響く。
試合は一時中断という形で止まり、ベンチに居た選手が走り寄ってきて黒子を支えながらベンチに横たえた。
チラッと見えた黒子の怪我は、黄瀬の肘が見事に額に当たったのかダクダクと血が出ていた。

(不本意だが、あのパスが無ければ誠凛で注意すべき選手は10番だけだろう)

二年も確かに上手い。だがまだウチに勝てる程の実力はない。
ならば一気に畳み掛けるかと部員と自分に気合いを入れ直すと、試合は再び開始された。
黒子が居ない為か連携が悪くなった誠凛。
それは仕方がないだろう。
だが泣きそうな顔をしながら試合をする馬鹿(黄瀬)をしばいておく。
恨みがましそうな顔で見られたが無視を決め込み、試合を確実に進めていった。

流れは海常。
このまま行けば勝てる。

そう思っていた矢先。
再び黒子がコートに降り立った。
頭に真白い包帯を巻きながら、ふらつく身体でコートに立つ黒子。
その身体で大丈夫なのかと思ったのも一瞬で。
黒子の鮮やかに魅せるパスや、火神の豪快なダンクシュートにこちらも突き放そうと黄瀬にパスを送るが、

海常は負けた。

例え練習試合だったとはいえ負けは負けだ。
だが、妙に清々しい気持ちもあった。
初めて負けたのだと泣いた黄瀬をしばいて、黒子に視線を向ければふらつく身体をベンチの奴等に支えられていた。
そこに見知った黄色を見付けて一つ溜め息を吐くと、黒子に泣きながら引っ付いていた黄瀬を引き剥がしに向かった。

「黄瀬ェ!いい加減離れやがれ!」

「っいた!痛いッスよ!笠松さん!」

「うるせぇ!迷惑かけてるお前が悪い!」

「あの、」

「ああ、悪かったな透明少年。怪我の方はどうだ?」

「透明少年?」

内心で呼んでいた透明少年という名をうっかり口に出していたらしい。
怪訝な顔をする黒子になんて言えばいいか考えていると、ふふ、と笑い声。

「黒子に徹する僕にはピッタリな名前ですね」

「いや、あの、気に触ったら悪い」

「いえ。気にしないで下さい。笠松さんに悪気があったわけじゃないと分かっていますから。でも出来れば黒子と呼んで頂きたいです」

「分かった。そうする」

「はい」

「黒子っち〜。ほんとーに!大丈夫なんスかっ!?」

俺と黒子が話していることに焦れたのか、黄瀬が間に入ってくる。
黒子は特に気にした様子もなく首を傾げた。

「何がですか?」

「黒子っちあざと可愛い!じゃなくて、怪我のことッスよ!?本当に大丈夫なんスか!?」

「そう思うんなら怪我人の傍で騒ぐな!」

「センパイ酷いッ!」

ゲシリと黄瀬の背に足蹴りを決める。
すぐに立ち直った黄瀬はキャンキャンとまだ何かを言っているが気にしない。
黒子も特に黄瀬を心配した様子を見せなかったから、もしかしたら中学時代も黄瀬はこんな扱いを受けていたのかも知れない。

「それで平気なのか?」

黒子の頭の包帯を見てそう言えば、黒子は「ああ、」と口にした。

「これから病院に行ってくれるそうです。あ、黄瀬くん。念の為に見て貰うだけですから別に黄瀬くんのせいではないので気にしないでくださいね。この傷は良くある事故で付いたものです」

「っうう、でも〜」

グスッと鼻を鳴らす黄瀬に黒子は「でもも何もありません」とピシャリと言う。

「僕としては君とまたバスケが出来て楽しかったんですよ?だからそんな顔をしないで下さい。またやりましょう?――笠松さんも」

「あ、ああ。またな」

不意に自分の名前を呼ばれて驚きながらも是と返せば、黒子は無表情の顔にうっすらと笑みを浮かべた。
その笑みに見惚れたようにポウッと見つめていれば、黄瀬がガバッと黒子に抱き付く。

「黒子っち可愛い!今度は黒子っちにも火神っちにも負けないっスからね!」

「はい。僕達も今度も負けません。あと離れてください黄瀬くん。暑苦しいです」

「嫌っス!」

「……あの、笠松さん」

「悪いな黒子。……黄瀬ェ!いい加減にしろっつったばっかだろォが!」

「キャイン!」

助けを求めるように此方を見る黒子に悪いなと謝ってから、黄瀬の背中を先程よりも強く蹴り飛ばす。
本物の犬のような鳴き声を上げながら黄瀬は黒子から離れて、体育館の床に伏していた。

「黒子くーん!そろそろ行くわよ!」

そうこうしていれば誠凛の監督から集合の合図が掛かる。

「では、また夏に会いましょう」

「ああ、楽しみにしてる」

黒子は俺達に向かって一礼すると帰る準備を終えた誠凛の輪の中に加わり帰って行った。

「黒子っち相変わらずクールで可愛いかった」

はぁんと熱っぽい息を吐きながら悶える黄瀬は放って置いて。
けれど、と笠松は思う。

(確かに、あの笑顔は可愛いかったな)

男相手に思うような感情ではないと分かっているけれど。
その言葉以外が充て嵌まらない程に黒子のあの笑顔には見惚れてしまった。



まだこの時は思いもしていなかった。
何せ自分は女が苦手で初恋すらまだだったのだ。
それがいきなり自分と同じ性別の男相手にその感情を抱くだなんて思いも寄らなかったから。
これが恋なのだと自覚するまで、随分と時間を要した。

そして自覚してからは同性で後輩の親友(?)が相手という事に悩む日々。
部活は持ち前のキャプテンシーを発揮して支障を来す事は無かったが、それでも日常生活には大いに支障を来した。

まず考え事をしていて電柱にぶつかる。
自分と森山の下駄箱を間違えて森山の上靴を履いてしまう。
弁当を食べている時にボウッと何処か遠くに意識を飛ばしてしまう。

そんなことが続けば嫌が応でも周りは笠松の異常に気付くわけで。
特にそういった事に敏感というか、いっそ病気なんじゃないかと思う程に恋に恋する森山が笠松に向かって、

「どうした笠松。恋でもしたのか?」

とからかい半分に聞いてきた。
笠松は森山を見やると、ニヤニヤと顔をだらしなくニヤケさせている森山の姿が目に入った。
どうせお前が恋なんてするわけないだろ?
そう言われているようで、元からあまり長くない気がプツリと切れ、今までグルグルと悩んでいた事が馬鹿らしくなってしまった。


「そうだったら悪ぃのかよ」

「え?マジで?マジで言ってんの?ちょ、誰だようぶな笠松のハートを奪ったのは」

「言い方がキメェから言わねぇ」

ひでぇっと言う割にはニコニコしている森山は「ま、叶うといいな」と笠松の瀬を叩いた。

(叶えんにきまってんだろ)

笠松は元来うじうじと悩むタイプではない。
どちらかと言えば、男の中の男というか。
まあ、つまりは大変男らしい男だ。
今まで悩んでいた事も一度吹っ切ってしまえば、後は行動に移すのみとばかりに、部活が休みの日にわざわざ誠凛まで赴き黒子からメルアドを入手すると、笠松は日に一度は必ずメールをした。
共通の趣味であるバスケの話だったり、他愛もない事であったり。
そうしてメールを重ねる内に時折出掛ける約束もしたものだ。
笠松は黒子に部活以外の面を見せた。
黒子もその事を満更でもないと言うように、笠松から誘われれば二つ返事で頷いた。

コツコツと黒子の中で笠松への好感は増えていき、いつの間にか黒子は笠松に対して好意を持つようになっていた。
当然悩みもした。迷いもした。
けれど黒子もまた、笠松に負けず劣らずの男前だった。


だから出掛けたある日の帰り道。
黒子は笠松に対して想いを告げようと思っていたのだ。
けれどそれは、その笠松によって妨害されたのだけれど。
いや、妨害というには違うか。
何せ笠松は頬を赤らめながら、黒子の中にあるものと同じ言葉を口にしたのだから。

「好きだ」

「……え?」

「黒子が好きだ」

二度重ねて言った言葉に黒子の頬が自然と熱を持つ。
笠松はそんな黒子の変化を気にせず口を開く。


「お前は?」

「え、あの…」

「黒子も俺と同じ気持ちなら嬉しいが、そうじゃねぇとしても、俺に惚れさせればいいだけだ」


それで、どうなんだ?
吊り上がった意思の強い目を少しだけ揺らめかせながら、それでも答えは決まっているんだろうとばかりに問い掛ける。


「……ずるくないですか。僕が言おうと思ってたのに、そんな、不意討ちみたいに言われたら」

どうすればいいか、分からないです。

「別に、お前が思うように言ってくれて構わないんだぜ?」

「……そんなの!」

染まった頬で笠松を見上げる黒子に笠松はあくまでも優しく見つめ返す。
黒子はそんな笠松の様子に腹を括ったのか、元から言おうとしていた言葉を少し変えて笠松に告げる。

「……僕も、笠松さんがすきです」

黒子のその言葉に、笠松は嬉しそうに口角を吊り上げた。
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