Another Story
今日は俗に言う『いい夫婦の日』だ。
しかしそんな日に俺は、生涯を誓った恋人である瑠璃葉と喧嘩をした。それはもう盛大に。
「大河なんて知らない!」
「俺かて知らん!」
滅多に出さない大声と共にバタン!とこれまた滅多にやらない大きな音を立てて家から出ていく瑠璃葉。
いつもなら大きな喧嘩になる前にどちらかが引くのだが、今回ばかりは引けなかった。
今となっては何が原因だったのか、何が引き金になったのかすら分からない。
けれどお互い引くに引けない状態になってしまったのもまた事実なのである。
目玉焼きに醤油かソースか。
発端はきっとそんなレベルの話だったのだろう。
そんなレベルで喧嘩するカップルであったかどうかは謎として。
珍しく怒って怒って、けれど段々と心配になってきた。
瑠璃葉が家から飛び出してからどれくらいが経つ?
ふと、時計を見る。
「一時間……っ!?」
驚きのあまり声がひっくり返った。
何かあったらアカン!と俺は玄関に向かう。
もう怒りなど冷めていた。
むしろ心配しかない。
きっと瑠璃葉はあそこに居るはずだ。
ムカつくことに、瑠璃葉がいつも一番に頼るのは、アイツなのだから。
家から出て、隣の家のチャイムを鳴らす。
「なんだ」という低い声。
俺はここに瑠璃葉が居るのだという確信を持って「迎えに来た」と言った。
少し間があって、がちゃりとドアが開く。
そこに身体を滑り込ませた。
「瑠璃葉!」
「……」
俺と瑠璃葉が住まう隣の部屋。
瑠璃葉の従兄弟たるリツが住まう部屋にある黒皮のソファーの上。
お気に入りの水色の丸いクッションを抱えながら、瑠璃葉は身体を丸めて体育座りをしていた。
「瑠璃葉。瑠璃葉……すまん。言い過ぎた。部屋に帰ろ?」
「……嫌」
「るりはぁ……」
「だって、あなたは私のこと『嫌い』と言ったわ。嫌いな人間と同じ空間を共に過ごすのは嫌でしょう」
「嫌いなんて言うたん!?ごめん!頭に血ぃがのぼってて覚えてへんけど、ほんまごめんなさい!」
「……」
瑠璃葉はお気に入りのクッションを抱いたまま前を見据えていた。
その灰青の瞳はどこか寂しげで、俺はどうしようもなくいとおしくなって、それ以上にそんな顔をさせていることが嫌で、その小さな身体を抱き締めた。
「離して」
「ヤダ」
「聞き分けのない人は……」
「きらい?」
「……」
瑠璃葉は黙り込む。
それが否定であることなど分かっているのだ。
「……き、よ」
「うん?」
小さくて、いい匂いがして。
何よりいとしいなぁ。
そう思っていたら瑠璃葉が何かを囁いた。
小さな囀りのような声だった為に聞き取れずにもう一度訊く。
「なぁに?」
「嫌いじゃないわ」
「んー。その前になんか言わんかった?」
「……嫌いじゃないわ、と言ったのよ」
「えー、違うかったと思うけど?」
キュッと唇を結んだ瑠璃葉。
額に額をあてて、言うてみて?と優しく甘く囁く。
今にも触れ合うのではないだろうかという程に近い唇に、いつもならばキスのひとつやふたつ、しているところではあるのだが、そこは我慢だ。
「るーりーはー?」
「……っ、す、きよ」
「……ふふ。うん。俺もだいすき」
甘くてチョコレートのようにとろけるような囁きでそう言えば、頬を赤らめる愛しい恋人。
あー!もう!かわええなぁ!とそのままキスしようとした、時に。
「邪魔せんといてや、リツくん」
唇と唇の間に手を差し込まれ、リツのごつい手のひらに口付けするところを寸でで回避する。
「人の家でいちゃこくお前らが悪い」
「えー、せやかて瑠璃葉が殺人的に可愛すぎるのが悪いと思わへん?」
「瑠璃葉が可愛いのは当たり前だ。だが、再度言う。人の家でいちゃこくな」
「もー。ケチくさいなー。リツは」
まあ、ええか。と俺はニヤリ笑って。
「仲直りした恋人同士なんやから、しないとアカンことあるもんなぁ」
「何をするのか察せられた自分が嫌だ……」
「りっちゃん……た、たすけ……」
「るーりーはー?他の男に助けを求めるん?」
「た、大河……」
にんまりと。それはそれは悪魔のように微笑んで。
俺は主に明日起き上がることさえ不可能になるだろう瑠璃葉に向かって言った。
「大好きやで」
せやから、いっぱい愛し合おうな?
サァッと顔を蒼くさせる瑠璃葉を抱いて、俺は何とも言えない、強いて言うなら同情のような表情をしているリツの部屋を後にしたのであった。
しかしそんな日に俺は、生涯を誓った恋人である瑠璃葉と喧嘩をした。それはもう盛大に。
「大河なんて知らない!」
「俺かて知らん!」
滅多に出さない大声と共にバタン!とこれまた滅多にやらない大きな音を立てて家から出ていく瑠璃葉。
いつもなら大きな喧嘩になる前にどちらかが引くのだが、今回ばかりは引けなかった。
今となっては何が原因だったのか、何が引き金になったのかすら分からない。
けれどお互い引くに引けない状態になってしまったのもまた事実なのである。
目玉焼きに醤油かソースか。
発端はきっとそんなレベルの話だったのだろう。
そんなレベルで喧嘩するカップルであったかどうかは謎として。
珍しく怒って怒って、けれど段々と心配になってきた。
瑠璃葉が家から飛び出してからどれくらいが経つ?
ふと、時計を見る。
「一時間……っ!?」
驚きのあまり声がひっくり返った。
何かあったらアカン!と俺は玄関に向かう。
もう怒りなど冷めていた。
むしろ心配しかない。
きっと瑠璃葉はあそこに居るはずだ。
ムカつくことに、瑠璃葉がいつも一番に頼るのは、アイツなのだから。
家から出て、隣の家のチャイムを鳴らす。
「なんだ」という低い声。
俺はここに瑠璃葉が居るのだという確信を持って「迎えに来た」と言った。
少し間があって、がちゃりとドアが開く。
そこに身体を滑り込ませた。
「瑠璃葉!」
「……」
俺と瑠璃葉が住まう隣の部屋。
瑠璃葉の従兄弟たるリツが住まう部屋にある黒皮のソファーの上。
お気に入りの水色の丸いクッションを抱えながら、瑠璃葉は身体を丸めて体育座りをしていた。
「瑠璃葉。瑠璃葉……すまん。言い過ぎた。部屋に帰ろ?」
「……嫌」
「るりはぁ……」
「だって、あなたは私のこと『嫌い』と言ったわ。嫌いな人間と同じ空間を共に過ごすのは嫌でしょう」
「嫌いなんて言うたん!?ごめん!頭に血ぃがのぼってて覚えてへんけど、ほんまごめんなさい!」
「……」
瑠璃葉はお気に入りのクッションを抱いたまま前を見据えていた。
その灰青の瞳はどこか寂しげで、俺はどうしようもなくいとおしくなって、それ以上にそんな顔をさせていることが嫌で、その小さな身体を抱き締めた。
「離して」
「ヤダ」
「聞き分けのない人は……」
「きらい?」
「……」
瑠璃葉は黙り込む。
それが否定であることなど分かっているのだ。
「……き、よ」
「うん?」
小さくて、いい匂いがして。
何よりいとしいなぁ。
そう思っていたら瑠璃葉が何かを囁いた。
小さな囀りのような声だった為に聞き取れずにもう一度訊く。
「なぁに?」
「嫌いじゃないわ」
「んー。その前になんか言わんかった?」
「……嫌いじゃないわ、と言ったのよ」
「えー、違うかったと思うけど?」
キュッと唇を結んだ瑠璃葉。
額に額をあてて、言うてみて?と優しく甘く囁く。
今にも触れ合うのではないだろうかという程に近い唇に、いつもならばキスのひとつやふたつ、しているところではあるのだが、そこは我慢だ。
「るーりーはー?」
「……っ、す、きよ」
「……ふふ。うん。俺もだいすき」
甘くてチョコレートのようにとろけるような囁きでそう言えば、頬を赤らめる愛しい恋人。
あー!もう!かわええなぁ!とそのままキスしようとした、時に。
「邪魔せんといてや、リツくん」
唇と唇の間に手を差し込まれ、リツのごつい手のひらに口付けするところを寸でで回避する。
「人の家でいちゃこくお前らが悪い」
「えー、せやかて瑠璃葉が殺人的に可愛すぎるのが悪いと思わへん?」
「瑠璃葉が可愛いのは当たり前だ。だが、再度言う。人の家でいちゃこくな」
「もー。ケチくさいなー。リツは」
まあ、ええか。と俺はニヤリ笑って。
「仲直りした恋人同士なんやから、しないとアカンことあるもんなぁ」
「何をするのか察せられた自分が嫌だ……」
「りっちゃん……た、たすけ……」
「るーりーはー?他の男に助けを求めるん?」
「た、大河……」
にんまりと。それはそれは悪魔のように微笑んで。
俺は主に明日起き上がることさえ不可能になるだろう瑠璃葉に向かって言った。
「大好きやで」
せやから、いっぱい愛し合おうな?
サァッと顔を蒼くさせる瑠璃葉を抱いて、俺は何とも言えない、強いて言うなら同情のような表情をしているリツの部屋を後にしたのであった。