Another Story
あの日、私はすべてを奪われ、失った。
夢も、希望も、婚約者も、何もかも。
だからもう何も要らないと、心にそっと蓋をしたの。
もうこれ以上何も私の心に入ってこないように。誰にも私の心を洗させないように。
なのに、皮肉なものね。
「あなたはそれでも奪っていく。入って来る」
きょとりとした大河の顔を見て、ふっと笑う。
何も要らないと、何の感情も入って来ないで欲しいと心を塞いでも。
彼はそれすらも大事だと言って抱き締めるように私の内側に入って来た。
観念するしかなかった。惹かれないわけがなかった。
こんなにも想われて、要らないと突っ撥ねることは簡単だったけれども。それでも、長いこと乾いた心にはあなたが必要だと求めてしまった。
「俺、なんかした?」
「どうして、そう思うの?」
「いや、だって……」
言いよどむ大河に今度は私が首を傾げる番だった。
大河は、少し不思議そうな顔をしたあとに言う。
「嬉しそうな顔、してはるから」
「嬉しそう?」
鉄面皮。氷の女。よくそう言われる私が、嬉しそうな顔をしているらしい。
ああ、でもそうね。と頷いた。
「私は、あなたが傍に居てくれるのが嬉しいのかも知れない」
「……、こ、殺す気なん?」
「は?何故?」
「いや、だって……」
好きな子ぉにそんなこと言われて、ときめかん男は居ないやろ。
そう言って大河は私の頬に触れる。その手はゴツゴツとしていて大きくてあたたかくて。
触れられるのがあまり得意ではないというのに、あまり嫌ではないのだからこれが惚れた弱みというやつだろうか。
するりとその手に頬を擦り寄せる。
やっぱり、あたたかい。少し高めの温度がとても安心する。
「……っ、る、瑠璃葉サン?頼むから、そう、あの……俺の我慢を嘲笑うような行為はやな」
「あら?私は別に、構わないのよ?」
「もー……。折角我慢しとこ思った俺がアホやん」
「あなたに触れられるのは別に、嫌ではないもの」
「あのなぁ……そうやって、男を誘うのはいけませんて、リツに習わへんかったん?」
「男女の仲に於いて、他の男性の名を軽率に出して良いのであれば、言うけれども」
「あ、やめといてください。酷くしそう」
そう言いながら、するりするりと頬を撫でられる。その手は段々下がっていき、唇にそっと触れた。割り入れるように口の中に親指を入れられ、歯列を撫でられる。
「……ん、」
「ふふ、ちゅーもしてへんのに、えっちな顔」
誰のせいでこうなったのかと問いたいが、生憎口の中には大河の指がある。仕方ないので少しの反抗の意味を込めて甘噛みをした。
「酷いなぁ……」
そういう癖に、その顔は砂糖を溶かして蜜にしたかのようなデロデロに甘い顔をしている。
名残惜しむように口内から指を出されて、今度は唇に直接キスをされる。
チュッと軽いリップ音が響くような可愛いキスから、段々と熱を混ぜ合うかのような熱いモノに変わっていく。
気付いたら押し倒されていたのか、ソファに背中が付いていた。
ゆっくりと甘いキスをしながら服がはだけられていく。
お腹の辺りを撫でられながらその手は上へ上へ向かって行き、胸までたどり着くと背中に手を回される頃には、もう私の心からは不安の種が消えていた。
この人の傍は心地好い。
大事にされていると分かるから。
そうして、私も大事にしていきたいと思うから。
だから、きっと。私は、自分からは離れられない。
まるで甘い毒のように。じんわりと、じんわりと。
この身体にいつの間にか広がっていた。
気付いた時には手遅れなほどに。
あなたをここまで大事に想う日が来るとは、思わなかった。
いつかあの音色を許せたら。
いつか思い出を話してみたい。
傷つけるかも知れないけれども。
それでも、聞いて欲しいのだ。
私が負った、深い深い、傷の話を。
大河ならすべてを受け入れてくれるような、そんな気がした。
夢も、希望も、婚約者も、何もかも。
だからもう何も要らないと、心にそっと蓋をしたの。
もうこれ以上何も私の心に入ってこないように。誰にも私の心を洗させないように。
なのに、皮肉なものね。
「あなたはそれでも奪っていく。入って来る」
きょとりとした大河の顔を見て、ふっと笑う。
何も要らないと、何の感情も入って来ないで欲しいと心を塞いでも。
彼はそれすらも大事だと言って抱き締めるように私の内側に入って来た。
観念するしかなかった。惹かれないわけがなかった。
こんなにも想われて、要らないと突っ撥ねることは簡単だったけれども。それでも、長いこと乾いた心にはあなたが必要だと求めてしまった。
「俺、なんかした?」
「どうして、そう思うの?」
「いや、だって……」
言いよどむ大河に今度は私が首を傾げる番だった。
大河は、少し不思議そうな顔をしたあとに言う。
「嬉しそうな顔、してはるから」
「嬉しそう?」
鉄面皮。氷の女。よくそう言われる私が、嬉しそうな顔をしているらしい。
ああ、でもそうね。と頷いた。
「私は、あなたが傍に居てくれるのが嬉しいのかも知れない」
「……、こ、殺す気なん?」
「は?何故?」
「いや、だって……」
好きな子ぉにそんなこと言われて、ときめかん男は居ないやろ。
そう言って大河は私の頬に触れる。その手はゴツゴツとしていて大きくてあたたかくて。
触れられるのがあまり得意ではないというのに、あまり嫌ではないのだからこれが惚れた弱みというやつだろうか。
するりとその手に頬を擦り寄せる。
やっぱり、あたたかい。少し高めの温度がとても安心する。
「……っ、る、瑠璃葉サン?頼むから、そう、あの……俺の我慢を嘲笑うような行為はやな」
「あら?私は別に、構わないのよ?」
「もー……。折角我慢しとこ思った俺がアホやん」
「あなたに触れられるのは別に、嫌ではないもの」
「あのなぁ……そうやって、男を誘うのはいけませんて、リツに習わへんかったん?」
「男女の仲に於いて、他の男性の名を軽率に出して良いのであれば、言うけれども」
「あ、やめといてください。酷くしそう」
そう言いながら、するりするりと頬を撫でられる。その手は段々下がっていき、唇にそっと触れた。割り入れるように口の中に親指を入れられ、歯列を撫でられる。
「……ん、」
「ふふ、ちゅーもしてへんのに、えっちな顔」
誰のせいでこうなったのかと問いたいが、生憎口の中には大河の指がある。仕方ないので少しの反抗の意味を込めて甘噛みをした。
「酷いなぁ……」
そういう癖に、その顔は砂糖を溶かして蜜にしたかのようなデロデロに甘い顔をしている。
名残惜しむように口内から指を出されて、今度は唇に直接キスをされる。
チュッと軽いリップ音が響くような可愛いキスから、段々と熱を混ぜ合うかのような熱いモノに変わっていく。
気付いたら押し倒されていたのか、ソファに背中が付いていた。
ゆっくりと甘いキスをしながら服がはだけられていく。
お腹の辺りを撫でられながらその手は上へ上へ向かって行き、胸までたどり着くと背中に手を回される頃には、もう私の心からは不安の種が消えていた。
この人の傍は心地好い。
大事にされていると分かるから。
そうして、私も大事にしていきたいと思うから。
だから、きっと。私は、自分からは離れられない。
まるで甘い毒のように。じんわりと、じんわりと。
この身体にいつの間にか広がっていた。
気付いた時には手遅れなほどに。
あなたをここまで大事に想う日が来るとは、思わなかった。
いつかあの音色を許せたら。
いつか思い出を話してみたい。
傷つけるかも知れないけれども。
それでも、聞いて欲しいのだ。
私が負った、深い深い、傷の話を。
大河ならすべてを受け入れてくれるような、そんな気がした。