Another Story
好きな子が居ます。
その子はいつも無表情を地でいくような、あまり表情の変化がない子で、周りからは冷たい子だと言われては居ますが、俺は知っています。
雨の日に、誰をもが避けて通った冷たくなった母猫と未だ小さく息をしていたきっとその母猫の仔猫を、ひっそりと拾ってあげたことを。
灰色のブレザーを濃く染めながら、前を向いて歩いたその姿は誰よりも格好良くて。
俺は何もしなかった。出来なかったことを悔いたことを良く覚えています。
そうして、その次の日からしつこく付き纏った俺のことを、嫌そうにしながら、それでも決して拒絶しなかった優しさを。
誰かにとったら偽善と取られるその言動は、けれどもきっと、何もしなかった、出来なかった俺よりは良いのだろうと思った。
付き纏ってみて分かったことは、彼女はすべてを封鎖するかのように心を閉ざしてしまっているということ。
彼女の従兄弟だという男にしか心を開いているようには見えなかった。
だから俺は持ち前のコミュニケーション能力をもって彼女の従兄弟である男に話し掛けた。
含みにある笑みを浮かべたそいつは、俺の打算通り友人になってくれて。
そうして彼女と出逢ってから一ヶ月が経った今はというと。
「なァなァ、リツ。なんで瑠璃葉は俺に心を開いてくれへんのやろ」
俺の問い掛けに友人であるリツは眉間に皺を寄せながら大きな口でサンドイッチを咀嚼したあとに言う。
「そりゃあ、お前が面倒くさいタイプの男だからだろうなァ」
「うぅ、酷い……瑠璃葉と仲よぉなりたいわぁ……あわよくば付き合いたい……」
「そういう本音が見え隠れしてるからあいつも心を開かないんだろうけどな」
また大きな口でパクリとサンドイッチを食べるリツはほんま絵になるなぁ、やのうて。
「リツくん、これは仕方ないんよ。男のサガなんやから」
「ちょっと前まで女の子とっかえひっかえしてた男の言葉とは……充分に思えるな」
「人聞きの悪いこと言わんといて! 俺かて誠実なお付き合いしたい思っとりますよ!? でも俺に近付いてくる女の子はそういうタイプやないんやから仕方ないやん」
「仕方ないかどうかは置いておいて、お前がサイテーな男なことは分かった。あとモテない男を敵に回すような発言をしたのも」
リツは月のような金色の前髪を掻き上げ、そういや、と蒼い瞳で俺を見ながら言った。
「瑠璃葉がこの前、お前の話してたぞ」
「え! どんなん!?」
「『大型犬に付き纏われて困ってる』って」
リツのその顔は試すような顔だった。
俺が何を言うのか、どんな行動を取るのか、まるで試すような。
リツは良くこの顔をするから気にはならないが。
けれども『大型犬』か……。それはそれは。
「瑠璃葉に言っといてや。『男は好きな子の前では犬にでも狼にでもなれるんですよ』って」
「へぇ……」
感心したような声に意外なことでも言ったのかと首を傾げたけれども。
そこに現れた存在によって、掻き消えた。
「あなたはまたくだらないことを言うのね」
「瑠璃葉!」
腰までの長い黒髪に珍しい灰色の瞳が俺を捕える。
蕩けるような顔をした自覚はあった。
けれどもそんなだらしないとも取れる顔を今更変えることなど出来なくて。
なのに瑠璃葉は俺のことなど見ずに、リツの隣に座って声を発する。
「りっちゃん。このあと時間あるかしら?」
「ああ、どうした?」
「生徒会のことで少し話したいことがあって」
「分かった」
「なあなあ! 瑠璃葉! 俺には?俺には何かないんです?」
「……あなたは大好きなバスケでもしていればいいのではないのかしら」
「イヤやわぁ。言わせる気なん? 俺はバスケも好きやけど瑠璃葉のことも大好きなんですよって」
「そう。あなたが私のことを好きでも、私はあなたのことが好きではないから早く他に目を向けて欲しいものね」
反論しようと口を開けたが、瑠璃葉はリツに小さなサンドイッチを食べさせられていた。
「あんまり根をつめると、倒れるぞ。低血糖になる前にちゃんと食っとけ」
もそもそとサンドイッチを食べながら瑠璃葉はこくりとひとつ頷く。
まるで前例のあるような言葉だ。
……瑠璃葉のことやから前例あったんやろなぁ。
なんて考えながらリツと瑠璃葉は御重に詰められたサンドイッチを黙々と食べていた。
「いや、ずっと気になってたんやけどなんで重箱にサンドイッチ入ってるん?」
「そんなん決まってるだろ。いっぱい入るからだよ」
「至って普通の理由過ぎて驚きも出来んかったわ」
「常に驚いていたら寿命が縮むわよ」
「そうなん!?」
「嘘よ」
「え!?」
「真実は定かではないにしろ、いい加減食べ終えないと昼休みが終わるわよ?」
「あっ、そうやった! はよ食べな間に合わん!」
昼休みの次の授業は体育。身体を動かすことが好きな俺にとっては願ってもない授業だ。
「頭を動かす授業もあなたは少しは好きになった方が良いと思うのだけれども」
「それはそれ。これはこれ、やで」
「今後、困らないようにした方が身の為よ」
「瑠璃葉が俺のこと心配して優しい言葉をかけてくれた……! 嬉しい……!」
「そんな風に喜ばれると普段の私があなたに冷たいみたいじゃない」
「いや、結構冷たいけどな。傍目には」
そう言ったリツは重箱のサンドイッチを平らげ満足そうだ。
リツの言った通り、きっと傍目には冷たくて見えているのであろう瑠璃葉の言動も、けれども俺は知っている。
「瑠璃葉はあったかい子や」
「あなた、何か変なものでも食べたの?」
「へへ、ええねん。ええねん。俺だけが知っとれば」
いまいち理解していない瑠璃葉は困惑の色をその綺麗な顔に映していた。
その顔を見て、やっぱり、と俺は口角を上げた。
「あったかい子や」
にっこりと笑いながらそう言えば、リツは賛同したかのようにひとつ頷き、瑠璃葉は意味が分からないとばかりに首を傾げて。
もどかしいけれども、こんな平和な時間がずっと続けばいいなと俺はどこかで思っていたのだ。
ずっと同じ時間が続くことなんて、有り得ないのに。
心のどこかでは願って、やまなくて。
そんな不安要素には、そっと目を閉じて、耳を塞いで。
「瑠璃葉」
「何かしら?」
「大好き!」
そうして俺はいつも通り、彼女に目一杯の『好き』を伝えるのだ。
その子はいつも無表情を地でいくような、あまり表情の変化がない子で、周りからは冷たい子だと言われては居ますが、俺は知っています。
雨の日に、誰をもが避けて通った冷たくなった母猫と未だ小さく息をしていたきっとその母猫の仔猫を、ひっそりと拾ってあげたことを。
灰色のブレザーを濃く染めながら、前を向いて歩いたその姿は誰よりも格好良くて。
俺は何もしなかった。出来なかったことを悔いたことを良く覚えています。
そうして、その次の日からしつこく付き纏った俺のことを、嫌そうにしながら、それでも決して拒絶しなかった優しさを。
誰かにとったら偽善と取られるその言動は、けれどもきっと、何もしなかった、出来なかった俺よりは良いのだろうと思った。
付き纏ってみて分かったことは、彼女はすべてを封鎖するかのように心を閉ざしてしまっているということ。
彼女の従兄弟だという男にしか心を開いているようには見えなかった。
だから俺は持ち前のコミュニケーション能力をもって彼女の従兄弟である男に話し掛けた。
含みにある笑みを浮かべたそいつは、俺の打算通り友人になってくれて。
そうして彼女と出逢ってから一ヶ月が経った今はというと。
「なァなァ、リツ。なんで瑠璃葉は俺に心を開いてくれへんのやろ」
俺の問い掛けに友人であるリツは眉間に皺を寄せながら大きな口でサンドイッチを咀嚼したあとに言う。
「そりゃあ、お前が面倒くさいタイプの男だからだろうなァ」
「うぅ、酷い……瑠璃葉と仲よぉなりたいわぁ……あわよくば付き合いたい……」
「そういう本音が見え隠れしてるからあいつも心を開かないんだろうけどな」
また大きな口でパクリとサンドイッチを食べるリツはほんま絵になるなぁ、やのうて。
「リツくん、これは仕方ないんよ。男のサガなんやから」
「ちょっと前まで女の子とっかえひっかえしてた男の言葉とは……充分に思えるな」
「人聞きの悪いこと言わんといて! 俺かて誠実なお付き合いしたい思っとりますよ!? でも俺に近付いてくる女の子はそういうタイプやないんやから仕方ないやん」
「仕方ないかどうかは置いておいて、お前がサイテーな男なことは分かった。あとモテない男を敵に回すような発言をしたのも」
リツは月のような金色の前髪を掻き上げ、そういや、と蒼い瞳で俺を見ながら言った。
「瑠璃葉がこの前、お前の話してたぞ」
「え! どんなん!?」
「『大型犬に付き纏われて困ってる』って」
リツのその顔は試すような顔だった。
俺が何を言うのか、どんな行動を取るのか、まるで試すような。
リツは良くこの顔をするから気にはならないが。
けれども『大型犬』か……。それはそれは。
「瑠璃葉に言っといてや。『男は好きな子の前では犬にでも狼にでもなれるんですよ』って」
「へぇ……」
感心したような声に意外なことでも言ったのかと首を傾げたけれども。
そこに現れた存在によって、掻き消えた。
「あなたはまたくだらないことを言うのね」
「瑠璃葉!」
腰までの長い黒髪に珍しい灰色の瞳が俺を捕える。
蕩けるような顔をした自覚はあった。
けれどもそんなだらしないとも取れる顔を今更変えることなど出来なくて。
なのに瑠璃葉は俺のことなど見ずに、リツの隣に座って声を発する。
「りっちゃん。このあと時間あるかしら?」
「ああ、どうした?」
「生徒会のことで少し話したいことがあって」
「分かった」
「なあなあ! 瑠璃葉! 俺には?俺には何かないんです?」
「……あなたは大好きなバスケでもしていればいいのではないのかしら」
「イヤやわぁ。言わせる気なん? 俺はバスケも好きやけど瑠璃葉のことも大好きなんですよって」
「そう。あなたが私のことを好きでも、私はあなたのことが好きではないから早く他に目を向けて欲しいものね」
反論しようと口を開けたが、瑠璃葉はリツに小さなサンドイッチを食べさせられていた。
「あんまり根をつめると、倒れるぞ。低血糖になる前にちゃんと食っとけ」
もそもそとサンドイッチを食べながら瑠璃葉はこくりとひとつ頷く。
まるで前例のあるような言葉だ。
……瑠璃葉のことやから前例あったんやろなぁ。
なんて考えながらリツと瑠璃葉は御重に詰められたサンドイッチを黙々と食べていた。
「いや、ずっと気になってたんやけどなんで重箱にサンドイッチ入ってるん?」
「そんなん決まってるだろ。いっぱい入るからだよ」
「至って普通の理由過ぎて驚きも出来んかったわ」
「常に驚いていたら寿命が縮むわよ」
「そうなん!?」
「嘘よ」
「え!?」
「真実は定かではないにしろ、いい加減食べ終えないと昼休みが終わるわよ?」
「あっ、そうやった! はよ食べな間に合わん!」
昼休みの次の授業は体育。身体を動かすことが好きな俺にとっては願ってもない授業だ。
「頭を動かす授業もあなたは少しは好きになった方が良いと思うのだけれども」
「それはそれ。これはこれ、やで」
「今後、困らないようにした方が身の為よ」
「瑠璃葉が俺のこと心配して優しい言葉をかけてくれた……! 嬉しい……!」
「そんな風に喜ばれると普段の私があなたに冷たいみたいじゃない」
「いや、結構冷たいけどな。傍目には」
そう言ったリツは重箱のサンドイッチを平らげ満足そうだ。
リツの言った通り、きっと傍目には冷たくて見えているのであろう瑠璃葉の言動も、けれども俺は知っている。
「瑠璃葉はあったかい子や」
「あなた、何か変なものでも食べたの?」
「へへ、ええねん。ええねん。俺だけが知っとれば」
いまいち理解していない瑠璃葉は困惑の色をその綺麗な顔に映していた。
その顔を見て、やっぱり、と俺は口角を上げた。
「あったかい子や」
にっこりと笑いながらそう言えば、リツは賛同したかのようにひとつ頷き、瑠璃葉は意味が分からないとばかりに首を傾げて。
もどかしいけれども、こんな平和な時間がずっと続けばいいなと俺はどこかで思っていたのだ。
ずっと同じ時間が続くことなんて、有り得ないのに。
心のどこかでは願って、やまなくて。
そんな不安要素には、そっと目を閉じて、耳を塞いで。
「瑠璃葉」
「何かしら?」
「大好き!」
そうして俺はいつも通り、彼女に目一杯の『好き』を伝えるのだ。