霊感少女とびびり先輩
神山を助けに行ったのか、強制的に助けに行かされたのかは分からないが、気が付いたら暗闇の中で突っ立ていた。
今の季節的に冬ではあるが、こんな隔離された世界でも雪は降るんだな、なんて降りしきる雪の結晶をの冷たさ感じていれば、神山を見付けた。
『そこ』はいやに寒くて。どうしようもない程に悲しくて。
けれども近付かないという判断には至らなかった。
足を進めれば、神山と一緒に俺に呪いをかけた女も居て、女は何事かを神山に訴えながら泣いていた。
合流して聞いた神山の話。それが事実で本当のことならば、俺はどうにかしてやりたいと思った。
ただそれだけの感情で、俺は祟り神と呼ばれる女と約束をした。
「それは約束と言うよりも契約ですけれどもねぇ」
「祟り神と契約するなんて馬鹿じゃないの、アンタ」
「これこれ海華。若葉を助けられたのが自分じゃなかったくらいで先輩に当たらない」
「なんで凛空は平気のよ! ぽっと出のこんな男が大和様のことすら知らなかったこんな男が! 若葉の婿になるのよ!?」
信じられない!
そう叫んだのは、俺が目を覚ました時に俺に食って掛かろうとして凛空に羽交い絞めにされてた女性。海華と呼ばれていた。
余程悔しかったのか、目を覚ましてからこの調子だ。
「若葉をちゃんと連れて来てくれたのですから、良いではありませんか」
「それでもムカつくものはムカつくのー!」
「はは……」
俺は苦く笑って、神山を抱きかかえている大和様を見やる。
神山はまだ目を覚ましてはいない。
今は魂が剥がれかかっていたのを身体に馴染ませる為に休息を取っているそうだ。
『して、小僧。本当に良いのだな』
「ああ、当たり前だ」
ハッと笑ってそう言えば、くつくつとした笑い声。
俺は真っ直ぐ前を見て、そうして言った。
「神山を貰えるんなら、俺は人間でもなんでもやめてやる」
目が覚めた時、大和様から聞いた。
どうして神山が人とあまり触れ合わないのか。どうして凛空と海華に『自称友人』だなんて言われているのか。どうしてこの広い神社で一人きりなのか。
神山が失ったもの。それがすべて自分のせいだと思いこんでいるということ。
だから大和様は俺に言ったのだ。
この娘の傍に居続けられるか? その覚悟がお主にはあるか?
そう愉しそうに聞いて来た。
『嫁御殿の為に人間という存在で居るのをやめる覚悟、お主に本当にあるか?』
金色の綺麗な瞳で真っ直ぐと俺を見ながら問われて、色々考えた。
親のこと、弟妹のこと。友達のこと。
それらすべてからいつか置いて行かれること。
けれど結局のところ俺は頷いていた。
まるでそうするのが当然だ言う様に。
『お主には負けたわい』
「びびりで怖がりな俺も一応男なんで、欲しい女は手に入れたいってもんでしょ」
『はっはっは。良きかな、良きかな』
豪快に笑う大和様に俺は胸を張って口角を上げた。
――その時だった、神山が目を覚ましたのは。
「……ん、」
「神山! 身体に異常はないか?」
「……せんぱい?」
どうして此処に?
というかさっき一緒に帰りませんでしたっけ?
そんな疑問の声を無視して、俺は神山を抱き締める。
あたたかい。本物の神山の体温だ。
「せ、先輩? さっきも思いましたけど、そんなキャラでしたっけ?」
「神山」
「はい? なんですか、先輩」
きょとんとした顔。甘い蜜を溶かしたような金色の瞳に黒漆のような長い髪。陶器のように白い肌。
――すべてがすべて、いとおしくて。
「俺と結婚してくれ」
「はい!?」
「ああ、答えは、はい、か、イエスのどちらかしか受け付けない」
「それどっちも肯定の言葉で……というか一体なんの罰ゲームをさせられているんですか」
「罰ゲームでプロポーズなんかするか、馬鹿野郎!」
「いひゃいれすぅ……」
頬をむにむにと引っ張れば神山は僅かに抵抗の意思を見せた。
「あれ?」
「なんだ?」
ひとしきり神山の頬で遊んでいれば、疑問のような戸惑ったような声。挟んだままの頬に俺は首を傾げた。
「先輩、なんだか、人間の香りが……薄い?」
「お前は犬か」
「犬も猫も好きですが、いやそうではなくてですね」
「俺はもう、人間じゃないらしい」
「……はい?」
「大和様と契約した。お前が生き続ける限り俺も一生傍に居るって」
そういう契約をした。
「ばっ、なっ、大和様! 契約の取り消しをお願いします!」
『それは小僧が望んだこと。我は取り消しなんぞせんよ』
「そうそう。俺が望んだことだから」
「そう言う問題じゃ……私が生き続ける限りって解ってるんですか!?」
「ああ、ちなみに。大和様にお前の死後嫁ぐって話もなくしたぞ。お前は一生、その魂でさえも俺のモノだ」
「……呆れて物も言えません……びびりでどうしようもなかった可愛い先輩は何処に行ってしまったですか……」
頭を抱え出す神山に、俺は仕方ないだろ、と笑った。
「情が移った。お前を好きになった。それが青臭い愛に変わった」
ただ、それだけの話なんだから。
「かーみーやーま」
ムスッと頬を膨らませる神山に俺は目線を合わせて、その白魚のような手を握る。
「俺のこと、嫌いか?」
首を横に振られた。嫌いではないらしい。
「じゃあ、好き?」
その問いには何も応えられなかった。
(それはある意味答えだと思うんだがなぁ)
そんなことを思いながら、神山の手を握ったままに、額を合わせた。ビクッと神山の肩が揺れる。
「俺は神山が好きだよ」
「……ずるいです」
「知らなかったのかー。男は基本的に、狡いんですよー」
「ずるい……っ」
ぽろぽろと金色の瞳から涙を零す神山の、その綺麗な涙を人差指で拭う。
「私が欲しかった言葉、ぜんぶ。貴方がくれた……っ」
「ハハ。そりゃあ、光栄だ」
神山はわんわん泣いて。そうして腫らした赤い目尻を擦り鼻を啜りながら言った。
「先輩が後悔しても、もう離れてやりませんからね」
「望むところだ」
そう言えば、また泣き出してしまった神山を俺は思いっきり抱き締めた。
離さないように。離れないように。決して。
比翼の鳥と連理の枝のように、生きていこうか。
そう言ってたあとに、ああ、でも、と言葉を続ける。
「互いがいなければ死んじまうんだから、結果的にはそうなるのか?」
そんな間抜けなことを言ったなら、神山は「先輩なんだか怖いです」と俺の胸の中で呟いた。
「怖い俺は嫌い?」
「大好きですけど……抜け出せなくなるくらいクセになりそうで怖いです」
「良いよ、抜け出せなくても。こちとらもうお前にハマりまくってんだからさ」
「先輩……」
二人の世界を形成していたら、ごほんと咳払いが聞こえてきた。
ああ、そういやまだ、大和様の神域だったな。
まあ、咳払いしたのは、凛空だけれども。
大和様は面白いモノでも見るようにニヤついていた。
海華に至っては、泣いていた。どっかに泣く要素あったか?
「此処でことを起こし兼ねない雰囲気はやめてください」
「まさか。此処ではしねぇよ、此処では」
「何故二度行ったのですか」
「さぁ? なんでだろうなァ?」
「先輩」
神山が袖をくいくいと引っ張りながら俺を呼ぶ。
「なんだ?」
自分でも気持ち悪いくらいの甘い声が出た自覚があった。自覚はあっても、きっとこれは一生治らない気もするけれども。
「その、私、恥ずかしながら……処女、なんですけど……」
「若葉。その発言は男をかどわかすには十二分な発言ですのでやめた方が良いですよ」
凛空が焦ったように声を発する。
俺の今の頭の中? 『心頭滅却!』の四文字ですが何か?
『嫁御殿』
「大和様」
『我をよくぞ楽しませてくれたな』
「勝手に人の恋愛を楽しまないでください」
あと、と神山は付け加える。
「私はもう、どうやら大和様のお嫁さんではないらしいですよ」
『はっはっは。それでも我にとって、嫁御殿は嫁御殿以外のなんでもない』
「はあ、そういうものなんですかねぇ……」
呆れたような神山は、もうすっかり普段通りで。
それがなんだか気に食わなくて。
「若葉」
ぼそりと神山の下の名前を呼べば、神山はぐりんと首をこちらに向けた。
お、おう。ちょっとだけその反応速度怖かったぞ……。
「……っ、は? 今のは幻聴ですか!? 先輩が私の名前を呼んだ気がする!」
「どーだろな」
先輩、先輩、そう呼んでくる神山の声に俺は笑って。
守らなければと思った。
この笑顔を。この声を。この身体を。
神山若葉というすべての存在を。
出来るのか? 少し前まではびびって気絶していたような男が。
そんな声が聞こえて来てはその声を払う。
『気負うな、小僧。我らも居る』
「……なんか、大和様には隠し立て出来ねぇなぁ……」
なんか、たぶん。俺の魂が消滅するまで勝てねぇなぁ。神様ってのには。
諦めと、心強さと共に。俺はきょとんとした顔をしている神山に向けて、笑顔を向けた。
今の季節的に冬ではあるが、こんな隔離された世界でも雪は降るんだな、なんて降りしきる雪の結晶をの冷たさ感じていれば、神山を見付けた。
『そこ』はいやに寒くて。どうしようもない程に悲しくて。
けれども近付かないという判断には至らなかった。
足を進めれば、神山と一緒に俺に呪いをかけた女も居て、女は何事かを神山に訴えながら泣いていた。
合流して聞いた神山の話。それが事実で本当のことならば、俺はどうにかしてやりたいと思った。
ただそれだけの感情で、俺は祟り神と呼ばれる女と約束をした。
「それは約束と言うよりも契約ですけれどもねぇ」
「祟り神と契約するなんて馬鹿じゃないの、アンタ」
「これこれ海華。若葉を助けられたのが自分じゃなかったくらいで先輩に当たらない」
「なんで凛空は平気のよ! ぽっと出のこんな男が大和様のことすら知らなかったこんな男が! 若葉の婿になるのよ!?」
信じられない!
そう叫んだのは、俺が目を覚ました時に俺に食って掛かろうとして凛空に羽交い絞めにされてた女性。海華と呼ばれていた。
余程悔しかったのか、目を覚ましてからこの調子だ。
「若葉をちゃんと連れて来てくれたのですから、良いではありませんか」
「それでもムカつくものはムカつくのー!」
「はは……」
俺は苦く笑って、神山を抱きかかえている大和様を見やる。
神山はまだ目を覚ましてはいない。
今は魂が剥がれかかっていたのを身体に馴染ませる為に休息を取っているそうだ。
『して、小僧。本当に良いのだな』
「ああ、当たり前だ」
ハッと笑ってそう言えば、くつくつとした笑い声。
俺は真っ直ぐ前を見て、そうして言った。
「神山を貰えるんなら、俺は人間でもなんでもやめてやる」
目が覚めた時、大和様から聞いた。
どうして神山が人とあまり触れ合わないのか。どうして凛空と海華に『自称友人』だなんて言われているのか。どうしてこの広い神社で一人きりなのか。
神山が失ったもの。それがすべて自分のせいだと思いこんでいるということ。
だから大和様は俺に言ったのだ。
この娘の傍に居続けられるか? その覚悟がお主にはあるか?
そう愉しそうに聞いて来た。
『嫁御殿の為に人間という存在で居るのをやめる覚悟、お主に本当にあるか?』
金色の綺麗な瞳で真っ直ぐと俺を見ながら問われて、色々考えた。
親のこと、弟妹のこと。友達のこと。
それらすべてからいつか置いて行かれること。
けれど結局のところ俺は頷いていた。
まるでそうするのが当然だ言う様に。
『お主には負けたわい』
「びびりで怖がりな俺も一応男なんで、欲しい女は手に入れたいってもんでしょ」
『はっはっは。良きかな、良きかな』
豪快に笑う大和様に俺は胸を張って口角を上げた。
――その時だった、神山が目を覚ましたのは。
「……ん、」
「神山! 身体に異常はないか?」
「……せんぱい?」
どうして此処に?
というかさっき一緒に帰りませんでしたっけ?
そんな疑問の声を無視して、俺は神山を抱き締める。
あたたかい。本物の神山の体温だ。
「せ、先輩? さっきも思いましたけど、そんなキャラでしたっけ?」
「神山」
「はい? なんですか、先輩」
きょとんとした顔。甘い蜜を溶かしたような金色の瞳に黒漆のような長い髪。陶器のように白い肌。
――すべてがすべて、いとおしくて。
「俺と結婚してくれ」
「はい!?」
「ああ、答えは、はい、か、イエスのどちらかしか受け付けない」
「それどっちも肯定の言葉で……というか一体なんの罰ゲームをさせられているんですか」
「罰ゲームでプロポーズなんかするか、馬鹿野郎!」
「いひゃいれすぅ……」
頬をむにむにと引っ張れば神山は僅かに抵抗の意思を見せた。
「あれ?」
「なんだ?」
ひとしきり神山の頬で遊んでいれば、疑問のような戸惑ったような声。挟んだままの頬に俺は首を傾げた。
「先輩、なんだか、人間の香りが……薄い?」
「お前は犬か」
「犬も猫も好きですが、いやそうではなくてですね」
「俺はもう、人間じゃないらしい」
「……はい?」
「大和様と契約した。お前が生き続ける限り俺も一生傍に居るって」
そういう契約をした。
「ばっ、なっ、大和様! 契約の取り消しをお願いします!」
『それは小僧が望んだこと。我は取り消しなんぞせんよ』
「そうそう。俺が望んだことだから」
「そう言う問題じゃ……私が生き続ける限りって解ってるんですか!?」
「ああ、ちなみに。大和様にお前の死後嫁ぐって話もなくしたぞ。お前は一生、その魂でさえも俺のモノだ」
「……呆れて物も言えません……びびりでどうしようもなかった可愛い先輩は何処に行ってしまったですか……」
頭を抱え出す神山に、俺は仕方ないだろ、と笑った。
「情が移った。お前を好きになった。それが青臭い愛に変わった」
ただ、それだけの話なんだから。
「かーみーやーま」
ムスッと頬を膨らませる神山に俺は目線を合わせて、その白魚のような手を握る。
「俺のこと、嫌いか?」
首を横に振られた。嫌いではないらしい。
「じゃあ、好き?」
その問いには何も応えられなかった。
(それはある意味答えだと思うんだがなぁ)
そんなことを思いながら、神山の手を握ったままに、額を合わせた。ビクッと神山の肩が揺れる。
「俺は神山が好きだよ」
「……ずるいです」
「知らなかったのかー。男は基本的に、狡いんですよー」
「ずるい……っ」
ぽろぽろと金色の瞳から涙を零す神山の、その綺麗な涙を人差指で拭う。
「私が欲しかった言葉、ぜんぶ。貴方がくれた……っ」
「ハハ。そりゃあ、光栄だ」
神山はわんわん泣いて。そうして腫らした赤い目尻を擦り鼻を啜りながら言った。
「先輩が後悔しても、もう離れてやりませんからね」
「望むところだ」
そう言えば、また泣き出してしまった神山を俺は思いっきり抱き締めた。
離さないように。離れないように。決して。
比翼の鳥と連理の枝のように、生きていこうか。
そう言ってたあとに、ああ、でも、と言葉を続ける。
「互いがいなければ死んじまうんだから、結果的にはそうなるのか?」
そんな間抜けなことを言ったなら、神山は「先輩なんだか怖いです」と俺の胸の中で呟いた。
「怖い俺は嫌い?」
「大好きですけど……抜け出せなくなるくらいクセになりそうで怖いです」
「良いよ、抜け出せなくても。こちとらもうお前にハマりまくってんだからさ」
「先輩……」
二人の世界を形成していたら、ごほんと咳払いが聞こえてきた。
ああ、そういやまだ、大和様の神域だったな。
まあ、咳払いしたのは、凛空だけれども。
大和様は面白いモノでも見るようにニヤついていた。
海華に至っては、泣いていた。どっかに泣く要素あったか?
「此処でことを起こし兼ねない雰囲気はやめてください」
「まさか。此処ではしねぇよ、此処では」
「何故二度行ったのですか」
「さぁ? なんでだろうなァ?」
「先輩」
神山が袖をくいくいと引っ張りながら俺を呼ぶ。
「なんだ?」
自分でも気持ち悪いくらいの甘い声が出た自覚があった。自覚はあっても、きっとこれは一生治らない気もするけれども。
「その、私、恥ずかしながら……処女、なんですけど……」
「若葉。その発言は男をかどわかすには十二分な発言ですのでやめた方が良いですよ」
凛空が焦ったように声を発する。
俺の今の頭の中? 『心頭滅却!』の四文字ですが何か?
『嫁御殿』
「大和様」
『我をよくぞ楽しませてくれたな』
「勝手に人の恋愛を楽しまないでください」
あと、と神山は付け加える。
「私はもう、どうやら大和様のお嫁さんではないらしいですよ」
『はっはっは。それでも我にとって、嫁御殿は嫁御殿以外のなんでもない』
「はあ、そういうものなんですかねぇ……」
呆れたような神山は、もうすっかり普段通りで。
それがなんだか気に食わなくて。
「若葉」
ぼそりと神山の下の名前を呼べば、神山はぐりんと首をこちらに向けた。
お、おう。ちょっとだけその反応速度怖かったぞ……。
「……っ、は? 今のは幻聴ですか!? 先輩が私の名前を呼んだ気がする!」
「どーだろな」
先輩、先輩、そう呼んでくる神山の声に俺は笑って。
守らなければと思った。
この笑顔を。この声を。この身体を。
神山若葉というすべての存在を。
出来るのか? 少し前まではびびって気絶していたような男が。
そんな声が聞こえて来てはその声を払う。
『気負うな、小僧。我らも居る』
「……なんか、大和様には隠し立て出来ねぇなぁ……」
なんか、たぶん。俺の魂が消滅するまで勝てねぇなぁ。神様ってのには。
諦めと、心強さと共に。俺はきょとんとした顔をしている神山に向けて、笑顔を向けた。