霊感少女とびびり先輩
凛空の後を着いて歩いて数分。
こんなにもこの神社の中にある神山の家は広かっただろうか?
そんなことを考えながら足を進めていれば、前を歩いていた凛空が止まる。
俺は凛空に習って足を止めた。
「ここに若葉は眠っていますよ」
凛空が指差した場所は、
「壁?」
そこは何もない、至って平凡な壁だった。
凛空は微笑みながら、貴方ならきっと視えますよ、と囁いた。
「視える……?」
そうは言われてもこれはただの壁。何が視えるというのだろうか?
目を凝らして、首を傾げて。
そうして何か違和感を感じた。
これは凛空の嘘を見破った、というか、違和感に気付いた時の本能に近い。
そう認知した瞬間に、壁にすぅっと縦に割れた線が現れた。
まるで部屋の形に合わせるようにその線はコの字を描く。
「扉になった……っ!?」
「未だにそんなことに驚かれるのですか?」
驚いた俺に、凛空はそんな俺にこそ驚いたと言うように声を上げる。
俺は「それはそれなんだよ」と少し恥ずかしくなりながら頭を掻いた。
そんな話をしている間に、ギィとまるで建て付けの悪い扉のようにその裂けた空間は音を立てて開いた。
『其処』はとても広い空間だった。
板張りの床は仰々しく、いっそ神々しさすら感じるその場所。
その空間に、確かに神山は居た。
ぐったりと身体を投げ出して、ともすればただ昼寝をしているだけなのではないかと勘違いしそうになるくらい綺麗な寝顔が見える。
純白の布を被せられている神山は、けれども起きようとはしない。
俺は居ても立っても居られず駆け寄ろうと足を踏み出す。
「神山!」
「お待ちなさい」
「なんで止めるんだよ!」
「声を抑えなさい。神の御前です。気を落ち着かせて」
「神の御前?」
何処に神様とやらが居るのだと、そう思いながらも凛空の声に心を落ち着かせる。
そうすれば此処は確かに神社特有の。そう言うと今まで神社でバイトをしていながら何だと思っていたんだと思われなかねないけれども。
肺が拒否反応を起こしそうになるくらいの神聖な空気が張り詰めているのを感じた。
『小僧。何故、我の領域に入れた』
「……っ!」
この場には眠っている神山と凛空しか居ない筈だ。
その筈なのに、板張りの部屋を轟かせるような第三者の声が響いた。
『何処を視ておる』
「……は、え?」
人間とは不思議な生き物だ。あまりにも驚きすぎると、声も平坦なモノになるんだな。
くだらないことだと分かってはいるけれども、それでもそんな現実逃避をしなければ心が壊れてしまいそうな程の威圧感を、神山の側から感じた。
「申し訳御座いません。大和様。私がこの方を若葉を救い出せる唯一の存在と思ったが為に招き入れました」
『……ほう。我でも出来ぬことを、この様な小僧に出来ると、そう思ったと?』
「はい」
いつの間にか凛空は座り、額を板張りの床に下げていた。
突っ立ったままの俺に凛空はもう一度「神の御前ですよ」と言った。
これは恐らく忠告だ。
同じように頭を下げろと言う、そうしなければいけないのだと言う。
俺はいつの間にか震えていた腕を、足を、叱咤してその場に膝を折る。
神様だというその異様なほどのオーラというのだろうか。
明らかに人間ではないと分かるそのヒトに、俺は頭を下げた。
『物分かりの良い人間は長生きをする。お前は『ソレ』に救われたがの』
「神山は、一体どういう状態なんですか」
「まだ大和様は発言権を与えてはいませんよ」
『良い。ことは一刻を争う』
面(おもて)を上げて良い、そう言われるがままに俺は頭を上げた。
そこにはやはり圧倒的な人ではないモノのオーラを纏う男が居て。
そこそこヒトならざるモノを見て来た俺ですら分かる、人智を超えた存在なのだと脳が勝手に理解し、自分を格下だと瞬時に決めつけた。
「か、みやまは……そいつは……大丈夫、なんですか?」
『お主にはそう見えるか』
「……いえ、」
とてもじゃないが、大丈夫、なんて言って貰える状態ではない。
心の何処かで分かっていた筈じゃないか。
あの元気だけは人一倍な神山が、昏睡状態だと聞いた時に。
分かって、いた筈なのに。
『小僧を責めても何も出ん。故に我はお主を責めん』
「……っ!」
いっそ、責めてくれた方が百倍もマシだったかも知れない。
それでもこの大和様とやらは俺を責めることはしなかった。
俺の代わりに呪いを受けた。そう言った凛空の言葉を思い出す。
『嫁御殿は今、生と死の狭間に居る。お主を呪った女の呪いがあまりに強すぎたが故に我でも魂をこの世に留め置くことしか出来ぬ』
のう、と呼びかけられる。
『お主は一体、ナニに会うた』
俺はごくりと唾を飲み込み。
コレは話してはいけないと、神山に言われている。
話した結果、神山はこうなっているのだ、おいそれと話すことは出来ない。
『話す気は無し、か』
「……話せば、俺はまた……」
『嫁御殿を助けたいのであろう?』
「それはもちろん!」
『しかし話す気は無し、と』
「それは……」
言葉が詰まる。
同時に、心臓が掴まれるような痛みを感じた。
『我は今、お主の心の臓を握っておる』
「……っは?」
見れば大和様は俺に向けて拳を突き出し、何かを握るような仕草をしている。
軽く握るような動作をした。
瞬間、息が詰まった。
『無理矢理にでも聞かねばならぬ。我にとって、お主はただ嫁御殿を救う為の道具でしかない。故にお主が話さぬのなら、お主に取り憑いておるソレごと、命を潰すこともやむなしと考えよう』
「ま、て……くださ、い」
『ん? 話す気になったか?』
「おれに、ついて、るって……?」
『真のことを言うたまでよ』
じゃあ、何か?
急に特に仲が良かったわけでもない下級生の神山が俺に近付いて来て、色んな吃驚体験させてきたのは……。
『お主から話を聞くまでは知らなんだのだろうなぁ……。しかし我には見て取れるぞ。女の妄執が。概念が』
お主に憑いておるのはもはや人ではない。
いっそ神にも等しき存在よな。
『祟り神。名前くらいは知っておろう』
それがお主にべったりとくっ憑いておる。
「……意味、わかん、ねぇ」
大和様が握っていた心臓を離してくれたのか、ようやくしっかりと息が吸える。
はぁ、はぁ、と荒い息を吐き出しながら心臓の上を抑えた。
「俺のせいってことか? 全部、ぜんぶ」
神山が今、死の淵に居るのは俺に関わったせいだと。
俺に憑いている祟り神のせいでそうなっていると。
関わらなければ、神山はこんな目には合っていなかったと。
「先輩。そんなに気を落とさないでください。若葉はとても幸せだったんですから。先輩と出逢えて、あんなに笑っている若葉を見たのは、子供の頃以来です」
「それでも! 俺は今、神山をこんな目に合わせちまってる! そんなん、正気で居られるかよ!?」
叫んだところで何が変わるわけでもないのに。
それでも叫ばずにはいられなくて。
俺は無力で、守って貰ってばかりで。
「神山が元に戻るなら何だって良い! 何だってする!」
食らい付くようにそう言えば、大和様はその金の瞳を柔和に細めた。
まるで楽しい遊びを見付けて喜ぶ子供のように。
『なんでもすると? お主、今そう言ったな? 神の前で。何でもする、と。命を賭けても良いか』
「当たり前だ! 神山をそんな状態にしてる原因が俺だろ! この命くらい、くれてやる!」
『ふ、ははは。良い。気に入った』
大和様がそう言うと俺に向かって手を差し伸べてきた。
俺はふらふらと立ち上がると誘われるようにその手を取る。
『我の力、貸してやろう』
その言葉を最後に、俺の視界は真っ暗に染まった。
こんなにもこの神社の中にある神山の家は広かっただろうか?
そんなことを考えながら足を進めていれば、前を歩いていた凛空が止まる。
俺は凛空に習って足を止めた。
「ここに若葉は眠っていますよ」
凛空が指差した場所は、
「壁?」
そこは何もない、至って平凡な壁だった。
凛空は微笑みながら、貴方ならきっと視えますよ、と囁いた。
「視える……?」
そうは言われてもこれはただの壁。何が視えるというのだろうか?
目を凝らして、首を傾げて。
そうして何か違和感を感じた。
これは凛空の嘘を見破った、というか、違和感に気付いた時の本能に近い。
そう認知した瞬間に、壁にすぅっと縦に割れた線が現れた。
まるで部屋の形に合わせるようにその線はコの字を描く。
「扉になった……っ!?」
「未だにそんなことに驚かれるのですか?」
驚いた俺に、凛空はそんな俺にこそ驚いたと言うように声を上げる。
俺は「それはそれなんだよ」と少し恥ずかしくなりながら頭を掻いた。
そんな話をしている間に、ギィとまるで建て付けの悪い扉のようにその裂けた空間は音を立てて開いた。
『其処』はとても広い空間だった。
板張りの床は仰々しく、いっそ神々しさすら感じるその場所。
その空間に、確かに神山は居た。
ぐったりと身体を投げ出して、ともすればただ昼寝をしているだけなのではないかと勘違いしそうになるくらい綺麗な寝顔が見える。
純白の布を被せられている神山は、けれども起きようとはしない。
俺は居ても立っても居られず駆け寄ろうと足を踏み出す。
「神山!」
「お待ちなさい」
「なんで止めるんだよ!」
「声を抑えなさい。神の御前です。気を落ち着かせて」
「神の御前?」
何処に神様とやらが居るのだと、そう思いながらも凛空の声に心を落ち着かせる。
そうすれば此処は確かに神社特有の。そう言うと今まで神社でバイトをしていながら何だと思っていたんだと思われなかねないけれども。
肺が拒否反応を起こしそうになるくらいの神聖な空気が張り詰めているのを感じた。
『小僧。何故、我の領域に入れた』
「……っ!」
この場には眠っている神山と凛空しか居ない筈だ。
その筈なのに、板張りの部屋を轟かせるような第三者の声が響いた。
『何処を視ておる』
「……は、え?」
人間とは不思議な生き物だ。あまりにも驚きすぎると、声も平坦なモノになるんだな。
くだらないことだと分かってはいるけれども、それでもそんな現実逃避をしなければ心が壊れてしまいそうな程の威圧感を、神山の側から感じた。
「申し訳御座いません。大和様。私がこの方を若葉を救い出せる唯一の存在と思ったが為に招き入れました」
『……ほう。我でも出来ぬことを、この様な小僧に出来ると、そう思ったと?』
「はい」
いつの間にか凛空は座り、額を板張りの床に下げていた。
突っ立ったままの俺に凛空はもう一度「神の御前ですよ」と言った。
これは恐らく忠告だ。
同じように頭を下げろと言う、そうしなければいけないのだと言う。
俺はいつの間にか震えていた腕を、足を、叱咤してその場に膝を折る。
神様だというその異様なほどのオーラというのだろうか。
明らかに人間ではないと分かるそのヒトに、俺は頭を下げた。
『物分かりの良い人間は長生きをする。お前は『ソレ』に救われたがの』
「神山は、一体どういう状態なんですか」
「まだ大和様は発言権を与えてはいませんよ」
『良い。ことは一刻を争う』
面(おもて)を上げて良い、そう言われるがままに俺は頭を上げた。
そこにはやはり圧倒的な人ではないモノのオーラを纏う男が居て。
そこそこヒトならざるモノを見て来た俺ですら分かる、人智を超えた存在なのだと脳が勝手に理解し、自分を格下だと瞬時に決めつけた。
「か、みやまは……そいつは……大丈夫、なんですか?」
『お主にはそう見えるか』
「……いえ、」
とてもじゃないが、大丈夫、なんて言って貰える状態ではない。
心の何処かで分かっていた筈じゃないか。
あの元気だけは人一倍な神山が、昏睡状態だと聞いた時に。
分かって、いた筈なのに。
『小僧を責めても何も出ん。故に我はお主を責めん』
「……っ!」
いっそ、責めてくれた方が百倍もマシだったかも知れない。
それでもこの大和様とやらは俺を責めることはしなかった。
俺の代わりに呪いを受けた。そう言った凛空の言葉を思い出す。
『嫁御殿は今、生と死の狭間に居る。お主を呪った女の呪いがあまりに強すぎたが故に我でも魂をこの世に留め置くことしか出来ぬ』
のう、と呼びかけられる。
『お主は一体、ナニに会うた』
俺はごくりと唾を飲み込み。
コレは話してはいけないと、神山に言われている。
話した結果、神山はこうなっているのだ、おいそれと話すことは出来ない。
『話す気は無し、か』
「……話せば、俺はまた……」
『嫁御殿を助けたいのであろう?』
「それはもちろん!」
『しかし話す気は無し、と』
「それは……」
言葉が詰まる。
同時に、心臓が掴まれるような痛みを感じた。
『我は今、お主の心の臓を握っておる』
「……っは?」
見れば大和様は俺に向けて拳を突き出し、何かを握るような仕草をしている。
軽く握るような動作をした。
瞬間、息が詰まった。
『無理矢理にでも聞かねばならぬ。我にとって、お主はただ嫁御殿を救う為の道具でしかない。故にお主が話さぬのなら、お主に取り憑いておるソレごと、命を潰すこともやむなしと考えよう』
「ま、て……くださ、い」
『ん? 話す気になったか?』
「おれに、ついて、るって……?」
『真のことを言うたまでよ』
じゃあ、何か?
急に特に仲が良かったわけでもない下級生の神山が俺に近付いて来て、色んな吃驚体験させてきたのは……。
『お主から話を聞くまでは知らなんだのだろうなぁ……。しかし我には見て取れるぞ。女の妄執が。概念が』
お主に憑いておるのはもはや人ではない。
いっそ神にも等しき存在よな。
『祟り神。名前くらいは知っておろう』
それがお主にべったりとくっ憑いておる。
「……意味、わかん、ねぇ」
大和様が握っていた心臓を離してくれたのか、ようやくしっかりと息が吸える。
はぁ、はぁ、と荒い息を吐き出しながら心臓の上を抑えた。
「俺のせいってことか? 全部、ぜんぶ」
神山が今、死の淵に居るのは俺に関わったせいだと。
俺に憑いている祟り神のせいでそうなっていると。
関わらなければ、神山はこんな目には合っていなかったと。
「先輩。そんなに気を落とさないでください。若葉はとても幸せだったんですから。先輩と出逢えて、あんなに笑っている若葉を見たのは、子供の頃以来です」
「それでも! 俺は今、神山をこんな目に合わせちまってる! そんなん、正気で居られるかよ!?」
叫んだところで何が変わるわけでもないのに。
それでも叫ばずにはいられなくて。
俺は無力で、守って貰ってばかりで。
「神山が元に戻るなら何だって良い! 何だってする!」
食らい付くようにそう言えば、大和様はその金の瞳を柔和に細めた。
まるで楽しい遊びを見付けて喜ぶ子供のように。
『なんでもすると? お主、今そう言ったな? 神の前で。何でもする、と。命を賭けても良いか』
「当たり前だ! 神山をそんな状態にしてる原因が俺だろ! この命くらい、くれてやる!」
『ふ、ははは。良い。気に入った』
大和様がそう言うと俺に向かって手を差し伸べてきた。
俺はふらふらと立ち上がると誘われるようにその手を取る。
『我の力、貸してやろう』
その言葉を最後に、俺の視界は真っ暗に染まった。