霊感少女とびびり先輩
神山が意識不明の状態で見つかってから、二カ月が経った。
二月の下旬。
神山は衰弱することもなければ、身体が細くなることもない。
俺はその状態の神山をそっと見つめた。
側に控える海華と外を護る凛空。
そうして神山をそっと抱きかかえる大和様。
(神山……)
神山がこうなったのは俺のせいだと、誰もが責めてくれればいいのに。
それをしないことこそが責めなのだと言うように辺りは静かで。
『して、小僧。良いのだな?』
「……ああ」
大和様の言葉に、俺はひとつ頷いた。
**
俺がソレを知ったのは、神山が真剣な顔をしながら俺に念押ししたあの日を境に神山を見ることがなかった為だ。
だから一応心配になった俺はバイトの日である日曜日に神社に向かった。
けれどそこに居たのは快活に、時には阿呆なことを言う神山ではなく。
にこにこと人の良さそうな黒髪の作務衣姿の男が神社を箒で掃いている姿だった。
「誰だ?」
見たこともない男を不審に思い近付いてそう訊いたならば、男もこちらに気付いたようで、にこりとやはり人の良さそうな顔で笑って口を開く。
「おや? 参拝者ですか?」
「違う」
「では、一体何用で?」
「ここに、バイトで来ているモノだ」
「……ああ、貴方が『先輩』ですか」
その笑みを緩やかにひそめて、男はひとつ頷く。
「失礼致しました。僕は貴方の一年後輩で、若葉の自称友人の凛空と申します」
柔らかな声音とは裏腹に、その表情は少し冷えていた。
首を傾げながら「神山は?」と訊けば、凛空と答えた男は少し困ったように眉を下げる。
「若葉は少し体調を崩しておりまして。代わりに僕が境内の掃除をしているんですよ」
若葉は身体が弱いですからね。
あんなに元気で飛び跳ねている神山の身体が弱いだなんてはじめて知った。
いや。いや。そんなことは『今』はどうだって良いと感じた。
この男の発言が胸の喉の奥で咀嚼する前に引っかかったからだ。
「……嘘だな」
「何がでしょう?」
「神山が体調を崩していることだ」
「どうして、そう思われるのですか?」
「理由はない。けど、そう思った」
神山に友人が居たことは驚いた。それに『自称』が付く理由も俺は知らない。
けれど俺はその『自称友人』である凛空の言葉よりも、今まで見て来た神山の姿を、声を、思い出して。
凛空の言っている言葉は嘘だと。そう感じたのだ。
「……ほう」
凛空は少し考えるように口元に手を添えると、ふむ、とひとつ頷いてにっこりと笑った。
その表情は笑っている筈なのに凍えるほどに冷たかった。
「貴方は凡庸なただの人間だと思っていました。けれど確かに『神山』を護る神が妬くほどの人物だったのだと、僕は認めざるを得ないですね」
そうして、貴方に若葉を託せるか否かも。
「何を言って……」
凛空の言葉の意味も、その凍った笑顔の意味も。
凛空の次の言葉が俺の問いに説明をした。
「若葉は今、昏睡状態にあるんですよ」
「……は?」
「貴方が本来受ける筈だった呪いによって」
「……っ、俺が!? どうして!」
「どうして、だと思います?」
凛空は一度瞼を伏せ、そのあとに俺を真っ直ぐと見つめる。
その黒いまなこは俺をしっかりと捕らえて離す気はないとでも言わんばかりの力強さだ。
ごくり、と無意識に生唾を飲み込む。
「僕達にも本当のところ分かりません。僕達は若葉ほどの霊力はありませんから」
「あいつ、そんなに凄かったのか……」
「ええ。百年に一度、生まれるか生まれないかの存在ですよ」
だから、だから。神に気に入られた。魅入られた。
「可哀想な、憐れな子です」
何せ己が不注意で、自分の大切な存在を三人も亡くしているのですから。
それ以外にもたくさん、たくさん傷ついてきた子です。
「貴方もまだ死にたくはないでしょう? まだ今なら何も聞かなかった、そういうことにして帰れますよ?」
「……はっ。その言葉で、その目で、返すつもりなんてないくせに」
「ああ、分かりましたか。これは修行不足でしたね」
「良いから。神山に会わせてくれないか」
凛空は微かに微笑んで、そうして言った。
今度は迎え入れるような顔で。
「分かりました。少々驚かれるかも知れませんが、それでも貴方は会いたいと、そう言ってくれるのですね」
――若葉がどんな姿であっても。
ぎゅっと拳を握る。
負けてはいけない。いつでも不敵に笑顔でいた神山が俺のせいで昏睡状態にあると聞いて、俺が何かをしなければいけないと。
そう何故だか思ったから。
凛空は俺をじぃっと見つめると、満足げに頷いた。
「大和様が何かを存じ上げているようです。が、僕達には決して教えてくれはしない」
「やまと様?」
「ああ、存じ上げませんでしたか」
これは失礼。
そう言った凛空は俺を少し小馬鹿にしたような雰囲気を匂わせながら、目尻を細めた。
「今は海華……自称若葉の親友が看ています。これより先の話は中にて。お上がりください」
凛空に促され、俺はどんどん得ていく情報量の多さに眩暈がしそうになった。
けれど。そんなことよりも神山が心配で。
頭の中で警鐘が鳴る。
行けば後悔する。
しかし行かなければもっと後悔するぞ。
そうとでも言いたげに。
二月の下旬。
神山は衰弱することもなければ、身体が細くなることもない。
俺はその状態の神山をそっと見つめた。
側に控える海華と外を護る凛空。
そうして神山をそっと抱きかかえる大和様。
(神山……)
神山がこうなったのは俺のせいだと、誰もが責めてくれればいいのに。
それをしないことこそが責めなのだと言うように辺りは静かで。
『して、小僧。良いのだな?』
「……ああ」
大和様の言葉に、俺はひとつ頷いた。
**
俺がソレを知ったのは、神山が真剣な顔をしながら俺に念押ししたあの日を境に神山を見ることがなかった為だ。
だから一応心配になった俺はバイトの日である日曜日に神社に向かった。
けれどそこに居たのは快活に、時には阿呆なことを言う神山ではなく。
にこにこと人の良さそうな黒髪の作務衣姿の男が神社を箒で掃いている姿だった。
「誰だ?」
見たこともない男を不審に思い近付いてそう訊いたならば、男もこちらに気付いたようで、にこりとやはり人の良さそうな顔で笑って口を開く。
「おや? 参拝者ですか?」
「違う」
「では、一体何用で?」
「ここに、バイトで来ているモノだ」
「……ああ、貴方が『先輩』ですか」
その笑みを緩やかにひそめて、男はひとつ頷く。
「失礼致しました。僕は貴方の一年後輩で、若葉の自称友人の凛空と申します」
柔らかな声音とは裏腹に、その表情は少し冷えていた。
首を傾げながら「神山は?」と訊けば、凛空と答えた男は少し困ったように眉を下げる。
「若葉は少し体調を崩しておりまして。代わりに僕が境内の掃除をしているんですよ」
若葉は身体が弱いですからね。
あんなに元気で飛び跳ねている神山の身体が弱いだなんてはじめて知った。
いや。いや。そんなことは『今』はどうだって良いと感じた。
この男の発言が胸の喉の奥で咀嚼する前に引っかかったからだ。
「……嘘だな」
「何がでしょう?」
「神山が体調を崩していることだ」
「どうして、そう思われるのですか?」
「理由はない。けど、そう思った」
神山に友人が居たことは驚いた。それに『自称』が付く理由も俺は知らない。
けれど俺はその『自称友人』である凛空の言葉よりも、今まで見て来た神山の姿を、声を、思い出して。
凛空の言っている言葉は嘘だと。そう感じたのだ。
「……ほう」
凛空は少し考えるように口元に手を添えると、ふむ、とひとつ頷いてにっこりと笑った。
その表情は笑っている筈なのに凍えるほどに冷たかった。
「貴方は凡庸なただの人間だと思っていました。けれど確かに『神山』を護る神が妬くほどの人物だったのだと、僕は認めざるを得ないですね」
そうして、貴方に若葉を託せるか否かも。
「何を言って……」
凛空の言葉の意味も、その凍った笑顔の意味も。
凛空の次の言葉が俺の問いに説明をした。
「若葉は今、昏睡状態にあるんですよ」
「……は?」
「貴方が本来受ける筈だった呪いによって」
「……っ、俺が!? どうして!」
「どうして、だと思います?」
凛空は一度瞼を伏せ、そのあとに俺を真っ直ぐと見つめる。
その黒いまなこは俺をしっかりと捕らえて離す気はないとでも言わんばかりの力強さだ。
ごくり、と無意識に生唾を飲み込む。
「僕達にも本当のところ分かりません。僕達は若葉ほどの霊力はありませんから」
「あいつ、そんなに凄かったのか……」
「ええ。百年に一度、生まれるか生まれないかの存在ですよ」
だから、だから。神に気に入られた。魅入られた。
「可哀想な、憐れな子です」
何せ己が不注意で、自分の大切な存在を三人も亡くしているのですから。
それ以外にもたくさん、たくさん傷ついてきた子です。
「貴方もまだ死にたくはないでしょう? まだ今なら何も聞かなかった、そういうことにして帰れますよ?」
「……はっ。その言葉で、その目で、返すつもりなんてないくせに」
「ああ、分かりましたか。これは修行不足でしたね」
「良いから。神山に会わせてくれないか」
凛空は微かに微笑んで、そうして言った。
今度は迎え入れるような顔で。
「分かりました。少々驚かれるかも知れませんが、それでも貴方は会いたいと、そう言ってくれるのですね」
――若葉がどんな姿であっても。
ぎゅっと拳を握る。
負けてはいけない。いつでも不敵に笑顔でいた神山が俺のせいで昏睡状態にあると聞いて、俺が何かをしなければいけないと。
そう何故だか思ったから。
凛空は俺をじぃっと見つめると、満足げに頷いた。
「大和様が何かを存じ上げているようです。が、僕達には決して教えてくれはしない」
「やまと様?」
「ああ、存じ上げませんでしたか」
これは失礼。
そう言った凛空は俺を少し小馬鹿にしたような雰囲気を匂わせながら、目尻を細めた。
「今は海華……自称若葉の親友が看ています。これより先の話は中にて。お上がりください」
凛空に促され、俺はどんどん得ていく情報量の多さに眩暈がしそうになった。
けれど。そんなことよりも神山が心配で。
頭の中で警鐘が鳴る。
行けば後悔する。
しかし行かなければもっと後悔するぞ。
そうとでも言いたげに。