霊感少女とびびり先輩
「若葉」
教室に向かう階段の踊り場。名を呼ばれて振り返る。
「凛空」
凛空(りくう)と呼んだ男は私の数少ない知人だ。友人ではない。
友人は作らないと決めているから、誰になんと言われようとも、知人なのだ。
「今日は『先輩』の元には行かないのかい?」
「先輩は今日は風邪で休みなんですよ」
「おや。良く看病しに行くと騒がなかったね」
若葉にしては我慢したね。と褒めているのか貶しているのか分からない、恐らく前者だろうが、おっとりとした口調でそう言われた言葉に、私はムッと唇を尖らせる。
凛空の言葉にムカついて、とかではない。
単純に、先輩に対してだ。
「もちろん看病しに行こうと思っていましたよー。ただ、先に予防線を張られちゃって」
「予防線?」
「『絶対に看病しに来るな』と連絡が来たんです」
「おやおや、先輩は良く若葉のことを分かっているんだね」
「そりゃあ、面倒見の良い先輩ですから」
とかく、私に対しては何かと関わりを持とうとしてくれる。
「怖い」だの「もう嫌だ」だの言っていても。
私との付き合いを「嫌だ」と言ったことはなかった。
そんな先輩だから私は先輩から離れられない。
「若葉はまだ気にしているのかい?」
それは暗に家族のことを言っているのだろうか。それとも興味本位で先輩を廃墟に連れて行ったことだろうか。それに関しては、先輩の憑かれやすさや、好かれやすさを知らなかった私が悪かったのだけれども。
何かに秀でた人間と言うものは、結局のところ、そういった類のモノを寄せ付けてしまうのだ。いや、寄せ付けやすい、と言った方がより正確なのかも知れない。
「海華も心配していたよ」
「海華は別のことを心配した方が良いと思いますけどねー」
進路……は、元々私達は決まっているから良いにしても、海華の成績はヤバイ。どれくらいヤバイかと言えば、生徒指導室で鬼と呼ばれる教師に泣いて縋られる程だ。
まさしく鬼の目にも涙、だが、使い方があまりにも違いすぎるでしょうよ。
「一応、勉強は教えてるんだけどね」
「彼女に対して『一応の勉強』は何の得にもならない時間ですよ」
「あはは。そうだねぇ」
「可愛いからと言って、それで世渡りしようとしていた子供の時に比べたら、まだマシなのかも知れませんが」
「うん。それに関しては若葉には感謝しているよ」
凛空と海華は幼馴染だ。
小学生の時に出逢った私よりも二人の付き合いは長い。
何しろ家がお隣さんなのだから。
お寺と教会がお隣さんって、何それって感じたのは私だけだったのだろうか。周囲はすんなりと受け入れていた。
宗派云々の話どころじゃない。崇めているのは別の神様だし、寺に至っては神じゃない。
「うん。確かに僕達が崇めているのは仏様だね」
「その心を読むの止めてくれませんかね?」
「心を読んだ覚えはないんだけどね」
「私が分かりやすいみたいじゃないですか」
「若葉は案外、分かりやすいと思うけど」
「その大事にしている有髪を坊主にしますよ」
「照れ方が海華に似ていて可愛いね」
海華の名を聞いて、ああ、そうだ、と思い出し訪ねる。
「私、その海華を探していたんですよ」
「何か用でもあったのかい?」
「生徒指導の先生に探されているので、早く捕まらないとまたペナルティの裏庭の雑草抜きが待っていますよ、と伝えようと思って」
「ああ、それで今逃げ回っているんだね。僕の目の前を凄い勢いで走り去って行ったよ」
「逃げ回らない方がお説教で済むというのに」
馬鹿なんですかね。ああ、馬鹿でしたね。
凛空は微笑ましそうにニコニコとしていた。
「ところで、海華は何をして追いかけられているんだい?」
「裏庭の桜の枝に登っていたらへし折ったとか、そんなことを言っていましたねぇ」
「あの桜、一応神様が居らっしゃるのに不敬だねぇ。まあ、今は力も弱っている時期だろうけども」
「どうせ海華のことですから、桜の神様と遊んでらっしゃたのでしょうねー」
「そういう海華の無邪気なところ、わりと好きだけどね。だからいい加減出てきたら? 海華」
凛空は私の背後に向かって海華の名を呼ぶ。
私ははあ、と溜め息を吐きながら、意地の悪いことと肩を竦める。
「あ、あたしの話なんてしてるから! 出辛かったんでしょ!」
背後に顔を向ければ、海華が何やら居た堪れなさそうな顔をしながらこちらに来た。その顔を真っ赤にさせながら。
金色の髪と蒼い瞳が赤い頬と相俟ってまるでどこかの国のお姫様のようだ。
まあ、誰かさんにとってはお姫様なのだろうけれども。
「それはごめんね。海華」
「うぅ……! しかも桜の神様と遊んでたことまでバレてるし!」
全くすまないとは思っていない顔で凛空は謝る。
海華の発言に「ああ、やっぱり遊んでたんですか」と返せば、その白い頬の赤みを更に熟れた林檎の如く染めて、吠える。
「凛空! 若葉! アンタ達ホントに性格が悪い!」
「知ってるよ?」
「知ってますよ」
きょとんとした顔をしている自覚はある。
何故なら凛空も同じ顔をしているのだから。
凛空のこういうところは心底気が合うなと思う。
「友達に向かって酷いぞ! 酷いぞ!」
でも、海華のこういうところは、やはり理解できない。
「凛空と海華は例えば『友達』だとして、私と二人は『知人』ですよ」
「相変わらずだなぁ。だからなんだ?」
「はい?」
「あたしが友達と言えばあたしの中では友達なんだよ。若葉が何と言おうとな。アンタがすっげぇびびりなのは知ってるしな」
「私が……びびり?」
ソレに当てはまる人物は知っては居るけれど。先輩は全力で嫌がっていたけれども何なら学校終わりに見舞いに行こうとも思っているけれども。
たぶん、昨日の晩に見た女の幽霊に中てられたからだろうと推測できるから。まあ、すぐさま私が付けている式神で祓い退けましたけどね!
しかし私がびびり……。なんだか新鮮な言葉を聞いた気がする。
ふ、と私は笑って。
「あ、生徒指導の田中先生」
「ッゲ」
「大人しく捕まっときましょうねぇ」
私は大人げなくも、走り去ろうとする海華の前に立ちふさがりその腕を掴みあげた。
さり気なく凛空が退路を塞いでいた。
「たーなかせんせー。海華捕まえましたー」
「おお……は、あ、はあ……よくやった……神山……」
「はーなーせー!」
「暴れるんじゃあない! 行くぞ! 神崎!」
「嫌だぁ! ペナルティは嫌だぁ!」
「気が向いたら手伝ってあげるから安心してお説教受けといで」
「うわぁん! 凛空の馬鹿ぁぁぁぁ!」
私から田中先生に引き渡されドナドナされて行く海華を尻目に私は踵を返す。
「先輩のところ?」
「分かってて聞くの良くない癖ですよー、凛空」
「ふふ。ごめんね。若葉。ちなみにこの前の香炉のお代として、僕と海華のペナルティを手伝って欲しいなぁ」
「……卑怯な」
一刻も早く先輩のところに行きたい私の思いを知っていて言っているのだから、卑怯この上ない。
凛空は笑う。それはもう、菩薩のように。
内面はただの腹黒有髪僧見習いだけれども。
「腹黒だなんて酷いなぁ」
「そういうところが腹黒なんです」
ああ、仕方がない。
「先輩の元に早く行きたいので、早く片付けますよ」
「ふふ。案外流されてくれるところも好きだよ、若葉」
「それ、早く海華に言ってあげたらいいんじゃないですかー」
ぴくりと凛空の眉が跳ねた。
私はしてやったりとばかりにニヤリと笑って、海華の田中先生によるお説教が終わるのを待っていたのであった。
教室に向かう階段の踊り場。名を呼ばれて振り返る。
「凛空」
凛空(りくう)と呼んだ男は私の数少ない知人だ。友人ではない。
友人は作らないと決めているから、誰になんと言われようとも、知人なのだ。
「今日は『先輩』の元には行かないのかい?」
「先輩は今日は風邪で休みなんですよ」
「おや。良く看病しに行くと騒がなかったね」
若葉にしては我慢したね。と褒めているのか貶しているのか分からない、恐らく前者だろうが、おっとりとした口調でそう言われた言葉に、私はムッと唇を尖らせる。
凛空の言葉にムカついて、とかではない。
単純に、先輩に対してだ。
「もちろん看病しに行こうと思っていましたよー。ただ、先に予防線を張られちゃって」
「予防線?」
「『絶対に看病しに来るな』と連絡が来たんです」
「おやおや、先輩は良く若葉のことを分かっているんだね」
「そりゃあ、面倒見の良い先輩ですから」
とかく、私に対しては何かと関わりを持とうとしてくれる。
「怖い」だの「もう嫌だ」だの言っていても。
私との付き合いを「嫌だ」と言ったことはなかった。
そんな先輩だから私は先輩から離れられない。
「若葉はまだ気にしているのかい?」
それは暗に家族のことを言っているのだろうか。それとも興味本位で先輩を廃墟に連れて行ったことだろうか。それに関しては、先輩の憑かれやすさや、好かれやすさを知らなかった私が悪かったのだけれども。
何かに秀でた人間と言うものは、結局のところ、そういった類のモノを寄せ付けてしまうのだ。いや、寄せ付けやすい、と言った方がより正確なのかも知れない。
「海華も心配していたよ」
「海華は別のことを心配した方が良いと思いますけどねー」
進路……は、元々私達は決まっているから良いにしても、海華の成績はヤバイ。どれくらいヤバイかと言えば、生徒指導室で鬼と呼ばれる教師に泣いて縋られる程だ。
まさしく鬼の目にも涙、だが、使い方があまりにも違いすぎるでしょうよ。
「一応、勉強は教えてるんだけどね」
「彼女に対して『一応の勉強』は何の得にもならない時間ですよ」
「あはは。そうだねぇ」
「可愛いからと言って、それで世渡りしようとしていた子供の時に比べたら、まだマシなのかも知れませんが」
「うん。それに関しては若葉には感謝しているよ」
凛空と海華は幼馴染だ。
小学生の時に出逢った私よりも二人の付き合いは長い。
何しろ家がお隣さんなのだから。
お寺と教会がお隣さんって、何それって感じたのは私だけだったのだろうか。周囲はすんなりと受け入れていた。
宗派云々の話どころじゃない。崇めているのは別の神様だし、寺に至っては神じゃない。
「うん。確かに僕達が崇めているのは仏様だね」
「その心を読むの止めてくれませんかね?」
「心を読んだ覚えはないんだけどね」
「私が分かりやすいみたいじゃないですか」
「若葉は案外、分かりやすいと思うけど」
「その大事にしている有髪を坊主にしますよ」
「照れ方が海華に似ていて可愛いね」
海華の名を聞いて、ああ、そうだ、と思い出し訪ねる。
「私、その海華を探していたんですよ」
「何か用でもあったのかい?」
「生徒指導の先生に探されているので、早く捕まらないとまたペナルティの裏庭の雑草抜きが待っていますよ、と伝えようと思って」
「ああ、それで今逃げ回っているんだね。僕の目の前を凄い勢いで走り去って行ったよ」
「逃げ回らない方がお説教で済むというのに」
馬鹿なんですかね。ああ、馬鹿でしたね。
凛空は微笑ましそうにニコニコとしていた。
「ところで、海華は何をして追いかけられているんだい?」
「裏庭の桜の枝に登っていたらへし折ったとか、そんなことを言っていましたねぇ」
「あの桜、一応神様が居らっしゃるのに不敬だねぇ。まあ、今は力も弱っている時期だろうけども」
「どうせ海華のことですから、桜の神様と遊んでらっしゃたのでしょうねー」
「そういう海華の無邪気なところ、わりと好きだけどね。だからいい加減出てきたら? 海華」
凛空は私の背後に向かって海華の名を呼ぶ。
私ははあ、と溜め息を吐きながら、意地の悪いことと肩を竦める。
「あ、あたしの話なんてしてるから! 出辛かったんでしょ!」
背後に顔を向ければ、海華が何やら居た堪れなさそうな顔をしながらこちらに来た。その顔を真っ赤にさせながら。
金色の髪と蒼い瞳が赤い頬と相俟ってまるでどこかの国のお姫様のようだ。
まあ、誰かさんにとってはお姫様なのだろうけれども。
「それはごめんね。海華」
「うぅ……! しかも桜の神様と遊んでたことまでバレてるし!」
全くすまないとは思っていない顔で凛空は謝る。
海華の発言に「ああ、やっぱり遊んでたんですか」と返せば、その白い頬の赤みを更に熟れた林檎の如く染めて、吠える。
「凛空! 若葉! アンタ達ホントに性格が悪い!」
「知ってるよ?」
「知ってますよ」
きょとんとした顔をしている自覚はある。
何故なら凛空も同じ顔をしているのだから。
凛空のこういうところは心底気が合うなと思う。
「友達に向かって酷いぞ! 酷いぞ!」
でも、海華のこういうところは、やはり理解できない。
「凛空と海華は例えば『友達』だとして、私と二人は『知人』ですよ」
「相変わらずだなぁ。だからなんだ?」
「はい?」
「あたしが友達と言えばあたしの中では友達なんだよ。若葉が何と言おうとな。アンタがすっげぇびびりなのは知ってるしな」
「私が……びびり?」
ソレに当てはまる人物は知っては居るけれど。先輩は全力で嫌がっていたけれども何なら学校終わりに見舞いに行こうとも思っているけれども。
たぶん、昨日の晩に見た女の幽霊に中てられたからだろうと推測できるから。まあ、すぐさま私が付けている式神で祓い退けましたけどね!
しかし私がびびり……。なんだか新鮮な言葉を聞いた気がする。
ふ、と私は笑って。
「あ、生徒指導の田中先生」
「ッゲ」
「大人しく捕まっときましょうねぇ」
私は大人げなくも、走り去ろうとする海華の前に立ちふさがりその腕を掴みあげた。
さり気なく凛空が退路を塞いでいた。
「たーなかせんせー。海華捕まえましたー」
「おお……は、あ、はあ……よくやった……神山……」
「はーなーせー!」
「暴れるんじゃあない! 行くぞ! 神崎!」
「嫌だぁ! ペナルティは嫌だぁ!」
「気が向いたら手伝ってあげるから安心してお説教受けといで」
「うわぁん! 凛空の馬鹿ぁぁぁぁ!」
私から田中先生に引き渡されドナドナされて行く海華を尻目に私は踵を返す。
「先輩のところ?」
「分かってて聞くの良くない癖ですよー、凛空」
「ふふ。ごめんね。若葉。ちなみにこの前の香炉のお代として、僕と海華のペナルティを手伝って欲しいなぁ」
「……卑怯な」
一刻も早く先輩のところに行きたい私の思いを知っていて言っているのだから、卑怯この上ない。
凛空は笑う。それはもう、菩薩のように。
内面はただの腹黒有髪僧見習いだけれども。
「腹黒だなんて酷いなぁ」
「そういうところが腹黒なんです」
ああ、仕方がない。
「先輩の元に早く行きたいので、早く片付けますよ」
「ふふ。案外流されてくれるところも好きだよ、若葉」
「それ、早く海華に言ってあげたらいいんじゃないですかー」
ぴくりと凛空の眉が跳ねた。
私はしてやったりとばかりにニヤリと笑って、海華の田中先生によるお説教が終わるのを待っていたのであった。