霊感少女とびびり先輩
神山若葉の朝はとても早い。
ぶっちゃけなんでこんな朝早くから起きねばならんのだと思いもしないけれども、生まれた時からの習慣か、四時には目を覚ましもう身支度は出来ているのだ。
(どこのおばあちゃんでしょうかねぇ)
不意に思っても言わない言葉を内心で吐いて、朝食を作る準備をする。
「鮭がありましたね~。あ、先輩から貰った大根もある……」
先輩のお母様の実家が農家で、今年は大根が豊作だったからと何本かお裾分けをしてくれたのだ。
野菜の値段が上がってきているから有り難く頂戴したのが数日前。
大根の煮物を作って先輩に振る舞ったのが、昨日。
……よし。今日はもう残り物でいいや! と鮭は夕飯にして、大根の煮物を温めて五穀米を炊いて、お豆腐とお揚げのお味噌汁をちゃっちゃと作り朝食にした。
昼ご飯は今日はなんと先輩と一緒に学食を食べる約束を昨日取り付けてあるので、作らない。
(本当は手作りを食べて貰いたかったんですけど、さすがに重いですよね)
既に手作りの夕飯を食べさせている事には触れずに、お味噌汁を飲む。
「先輩、今頃寝てるんだろうなぁ……」
そもそもこんなに早起きな私が可笑しい。
最初に戻るではないが、その考えは毎日の繰り返しだ。
『我にも食べさせよ』
「嫌ですよ。何ちゃっかり現れて座っているんですか」
大和様、と唇だけで彼の方を呼んだ。
彼の方、大和様はこの神山神社で祀られている神だ。
白銀の長い髪、金の瞳、見た目は痩躯ながら案外しっかりと筋肉がついていることを知っている。
何故知っているかと言えば小さな頃にこの神と共に風呂に入ったことがあるからだ。
あの頃はなんとも思っては居なかったけれども、今にして思えばとても良い悪夢である。
幼女趣味でもあったのか。彼はとても楽しそうに私の身体を洗っていたのをよぉく覚えている。
本当に悪夢でしかない。
「大和様がお食べになられるようなモノはありません」
『嫁御殿は酷いのぉ。ソレを儂に食わせてくれれば良いものを』
「この大根は私のモノです」
『食い意地の張っているところは変わらずか。うむ。良いことじゃ』
「? 何がです」
『なぁに。あの小僧と付き合うようになってから、嫁御殿は何やら変わったようであったからなァ』
儂が見染めたお主でなければ意味がないのじゃ。精々変わってくれるなよ。
そう大和様は仰ると、私の椀から大根を二本の指でひとつ掴み、そのまま食べた。
「行儀が悪いです」
『くれぬ嫁御殿が悪い』
神山若葉の朝は忙しない。
死後、嫁ぐ予定の神様との朝食争奪戦を行っているからだ。
**
「先輩!」
「神山? なんで朝練前に来てんのお前」
「先輩に会いたくなっちゃて?」
「本音は?」
「先輩を祓わなくちゃいけなくて」
「俺またなんかに巻き込まれたの!?」
「大丈夫ですよ~。ちょっと朝のロードワーク中に出逢った女の子が引っ憑いてるだけですから」
「俺はお前がロードワークで女の子と出逢ったことを知っている方が恐ろしい」
「てへ。式神で視ちゃいました」
「悪意すらない悪意に絶望を感じる。俺にプライバシーはないのか……」
「あったら先輩、四六時中なんかにくっ憑かれてそのままオシマイになっちゃいますよ?」
「何が『オシマイ』になるのか凄く聞きたくない」
まあまあ、と先輩を宥めて、後ろ向いてくださいねぇ、と後ろを向いた先輩の背中を柏手を打つように二回強く叩いた。
「あ、なんか肩が軽い」
「んふふ。今日のお昼ご飯奢ってくださいね?」
「最初からそのつもりだよばぁか」
「へ」
冗談で言ったつもりだったのに、先輩は頭をぼりぼりと掻いて言った。
「最近、お前に助けられることすっげぇ多くなってきたしさ。お礼? ってのもなんか違う気もするけど、飯くらいは奢らせろ」
その為に今日は学食にしたんだから。
「先輩って……天然ですよね。霊が好きそう」
「怖いこと言わないで!? 誰もそんなもんに好かれたくないから!」
「じゃあ先輩は私に今日のA定食を奢ってくださいね~」
「A定って一番人気のヤツじゃねぇか」
「ふふ。先輩今日の四限は体育でしたよね? 頑張って食券GETしてください」
「鬼か!」
「鬼でもなんでもいいですよ~」
先輩とご飯食べられるなら、なんだって良いですよ。
微笑んだら、先輩がびっくりしたような顔をした。そうして熱を測るように手のひらを私のおでこにつける。
「なんですか? 先輩」
「いや、お前が無邪気に笑うなんて……熱でもあるんじゃねぇかと」
「酷いですよ先輩! 私がいつも邪気のあるような笑顔を見せているみたいじゃないですか! 先輩には今日の放課後練習が終わったらバイトして貰いますよ!」
「週三の予定だろ!?」
「酷いのはそっちが先ですから」
しれっと言ったものの、バクバクと鳴る心臓は煩くて。
ああ、やっぱり――
「神山?」
「……っ、はい?」
「何ボーっとしてんだよ。まじで熱でもあるのか?」
「ないですよ。そんなことより、先輩呼ばれてますよ?」
「……まあ、昼に会うしな。そん時体調悪かったら言えよ」
「はぁい」
「語尾を延ばすな!」
「はいはい」
「はい、は一回!」
「……先輩、お母さんですか?」
「うるせぇな。んじゃ、行くわ。またな。神山」
「はい、『また』」
『また』の約束は、果たしてあと何回できるのだろうか?
今を大事に生きていきたいと願い始めたのは、いつからだったか。
生き生きとしていた若葉は既になく。
紅葉は枯れ、冬景色に近付いてきた。
**
「A定食美味しいですねぇ」
「……」
「ナニ、死んでるんですか? 美味しいですよ、唐揚げ。あと伸びますよ? うどん」
「お、まえが、A定っていうからダッシュで食券買ったからだよ……」
「それはそれは。ありがとうございます。愛を感じますね」
「ああ、もう、今度は弁当にしよう。そうしよう」
「なら、作らせてください」
「お前のメシ美味いしな……頼もうかな……」
先輩の疲れ切った言葉に、私は笑う。
せんぱい、と甘い声で呼ぶ。
「先輩の好きな椎茸、たくさん入れてあげますね!」
「俺が椎茸嫌いなのを知ってるくせにか!」
「好き嫌いは良くないですよー。細かく刻んでフードプロセッサーでペースト状にして、出してあげます」
「嫌がらせか!」
「だから、好き嫌いは良くないですって」
あはっと笑ってまだ何かを言っている先輩にニコニコと微笑みながら、唐揚げを食べた。
うん。ジューシーで肉汁溢れて美味しいですね。
これは大和様が居たら取られていました。学校で良かった、良かった。
「聞いてんのか神山~!」
「聞いてませんよ先輩」
「聞いてませんよ!?」
ぶっちゃけなんでこんな朝早くから起きねばならんのだと思いもしないけれども、生まれた時からの習慣か、四時には目を覚ましもう身支度は出来ているのだ。
(どこのおばあちゃんでしょうかねぇ)
不意に思っても言わない言葉を内心で吐いて、朝食を作る準備をする。
「鮭がありましたね~。あ、先輩から貰った大根もある……」
先輩のお母様の実家が農家で、今年は大根が豊作だったからと何本かお裾分けをしてくれたのだ。
野菜の値段が上がってきているから有り難く頂戴したのが数日前。
大根の煮物を作って先輩に振る舞ったのが、昨日。
……よし。今日はもう残り物でいいや! と鮭は夕飯にして、大根の煮物を温めて五穀米を炊いて、お豆腐とお揚げのお味噌汁をちゃっちゃと作り朝食にした。
昼ご飯は今日はなんと先輩と一緒に学食を食べる約束を昨日取り付けてあるので、作らない。
(本当は手作りを食べて貰いたかったんですけど、さすがに重いですよね)
既に手作りの夕飯を食べさせている事には触れずに、お味噌汁を飲む。
「先輩、今頃寝てるんだろうなぁ……」
そもそもこんなに早起きな私が可笑しい。
最初に戻るではないが、その考えは毎日の繰り返しだ。
『我にも食べさせよ』
「嫌ですよ。何ちゃっかり現れて座っているんですか」
大和様、と唇だけで彼の方を呼んだ。
彼の方、大和様はこの神山神社で祀られている神だ。
白銀の長い髪、金の瞳、見た目は痩躯ながら案外しっかりと筋肉がついていることを知っている。
何故知っているかと言えば小さな頃にこの神と共に風呂に入ったことがあるからだ。
あの頃はなんとも思っては居なかったけれども、今にして思えばとても良い悪夢である。
幼女趣味でもあったのか。彼はとても楽しそうに私の身体を洗っていたのをよぉく覚えている。
本当に悪夢でしかない。
「大和様がお食べになられるようなモノはありません」
『嫁御殿は酷いのぉ。ソレを儂に食わせてくれれば良いものを』
「この大根は私のモノです」
『食い意地の張っているところは変わらずか。うむ。良いことじゃ』
「? 何がです」
『なぁに。あの小僧と付き合うようになってから、嫁御殿は何やら変わったようであったからなァ』
儂が見染めたお主でなければ意味がないのじゃ。精々変わってくれるなよ。
そう大和様は仰ると、私の椀から大根を二本の指でひとつ掴み、そのまま食べた。
「行儀が悪いです」
『くれぬ嫁御殿が悪い』
神山若葉の朝は忙しない。
死後、嫁ぐ予定の神様との朝食争奪戦を行っているからだ。
**
「先輩!」
「神山? なんで朝練前に来てんのお前」
「先輩に会いたくなっちゃて?」
「本音は?」
「先輩を祓わなくちゃいけなくて」
「俺またなんかに巻き込まれたの!?」
「大丈夫ですよ~。ちょっと朝のロードワーク中に出逢った女の子が引っ憑いてるだけですから」
「俺はお前がロードワークで女の子と出逢ったことを知っている方が恐ろしい」
「てへ。式神で視ちゃいました」
「悪意すらない悪意に絶望を感じる。俺にプライバシーはないのか……」
「あったら先輩、四六時中なんかにくっ憑かれてそのままオシマイになっちゃいますよ?」
「何が『オシマイ』になるのか凄く聞きたくない」
まあまあ、と先輩を宥めて、後ろ向いてくださいねぇ、と後ろを向いた先輩の背中を柏手を打つように二回強く叩いた。
「あ、なんか肩が軽い」
「んふふ。今日のお昼ご飯奢ってくださいね?」
「最初からそのつもりだよばぁか」
「へ」
冗談で言ったつもりだったのに、先輩は頭をぼりぼりと掻いて言った。
「最近、お前に助けられることすっげぇ多くなってきたしさ。お礼? ってのもなんか違う気もするけど、飯くらいは奢らせろ」
その為に今日は学食にしたんだから。
「先輩って……天然ですよね。霊が好きそう」
「怖いこと言わないで!? 誰もそんなもんに好かれたくないから!」
「じゃあ先輩は私に今日のA定食を奢ってくださいね~」
「A定って一番人気のヤツじゃねぇか」
「ふふ。先輩今日の四限は体育でしたよね? 頑張って食券GETしてください」
「鬼か!」
「鬼でもなんでもいいですよ~」
先輩とご飯食べられるなら、なんだって良いですよ。
微笑んだら、先輩がびっくりしたような顔をした。そうして熱を測るように手のひらを私のおでこにつける。
「なんですか? 先輩」
「いや、お前が無邪気に笑うなんて……熱でもあるんじゃねぇかと」
「酷いですよ先輩! 私がいつも邪気のあるような笑顔を見せているみたいじゃないですか! 先輩には今日の放課後練習が終わったらバイトして貰いますよ!」
「週三の予定だろ!?」
「酷いのはそっちが先ですから」
しれっと言ったものの、バクバクと鳴る心臓は煩くて。
ああ、やっぱり――
「神山?」
「……っ、はい?」
「何ボーっとしてんだよ。まじで熱でもあるのか?」
「ないですよ。そんなことより、先輩呼ばれてますよ?」
「……まあ、昼に会うしな。そん時体調悪かったら言えよ」
「はぁい」
「語尾を延ばすな!」
「はいはい」
「はい、は一回!」
「……先輩、お母さんですか?」
「うるせぇな。んじゃ、行くわ。またな。神山」
「はい、『また』」
『また』の約束は、果たしてあと何回できるのだろうか?
今を大事に生きていきたいと願い始めたのは、いつからだったか。
生き生きとしていた若葉は既になく。
紅葉は枯れ、冬景色に近付いてきた。
**
「A定食美味しいですねぇ」
「……」
「ナニ、死んでるんですか? 美味しいですよ、唐揚げ。あと伸びますよ? うどん」
「お、まえが、A定っていうからダッシュで食券買ったからだよ……」
「それはそれは。ありがとうございます。愛を感じますね」
「ああ、もう、今度は弁当にしよう。そうしよう」
「なら、作らせてください」
「お前のメシ美味いしな……頼もうかな……」
先輩の疲れ切った言葉に、私は笑う。
せんぱい、と甘い声で呼ぶ。
「先輩の好きな椎茸、たくさん入れてあげますね!」
「俺が椎茸嫌いなのを知ってるくせにか!」
「好き嫌いは良くないですよー。細かく刻んでフードプロセッサーでペースト状にして、出してあげます」
「嫌がらせか!」
「だから、好き嫌いは良くないですって」
あはっと笑ってまだ何かを言っている先輩にニコニコと微笑みながら、唐揚げを食べた。
うん。ジューシーで肉汁溢れて美味しいですね。
これは大和様が居たら取られていました。学校で良かった、良かった。
「聞いてんのか神山~!」
「聞いてませんよ先輩」
「聞いてませんよ!?」