霊感少女とびびり先輩
「せーんぱい!」
神山に名前を呼ばれる。甘ったるい、まるで恋人を呼ぶような声音で。
しかし今現在居る場所は高校の正門前。殆ど関わり合いのなかった筈の後輩の神山に数日前「クリスマスの夜、空いてますか?」と声をかけられたのが始まり。
高校の正門前は確かに高校生の姿としては正しいかも知れないが、恋人同士が来るような場所ではないだろう。
(例えばそうだとしても俺は嫌だ。もっとイルミネーションが綺麗なところに行きたい……)
そもそも俺達は『恋人』なんて呼べる関係線上ではない。
表すのであれば先程も言ったし呼ばれたが、ただの『先輩』と『後輩』だ。
「クリスマスと言えば肝試しが定番ですよね!」
「すげえ。俺の定番が今覆された」
神山の言葉に俺は即座に突っ込む。
いや、だって何が哀しくて草木も眠る深夜二時のクリスマスになった直後に後輩と肝試しせにゃならんのだと。
「そんなわけで肝試ししましょう!」
しかし神山は気にしない。全くと言って良いほど空気を読まずに話をサクサク進める。
「いい感じの噂とかが流れている廃病院を先輩にOK貰った時から必死で探して、今日ようやく見つけたので連絡しちゃいました!」
「いい感じの噂の時点で怖いな!」
「大丈夫ですよー。私と先輩なら難なく乗り越えられます!」
「何を乗り越えるのか聞いていい? あ、やっぱ言わなくてもいいわ。どうせロクなことにならないから」
「先輩」
「なんだ」
「レッツ☆肝試し」
「人の話を聞け!……って、言ってもお前は聞かない子だよね。今のやり取りで解ってた……」
その言葉を最後に、俺はドナドナされるが如く神山に引き摺られながら何処か……まあ、廃病院だろうけどね! そこに向かう。
ああ、嫌だ。何が嫌って……俺は生来のびびりなのだ。
「……ああ、廃病院ってだけで、こんなことが起きるとはさすがに夢にも思わなくて俺、召されそう」
遠い眼差しをしながら、はあ、と溜め息を吐く。
溜め息を吐く以外に『今』出来ることはないのだ。
「先輩。窓も割れないみたいですよー!」
「ああ、うん。玄関も駄目だった……というかお前なんでそんな元気なんだよ……」
俺は今にもぶっ倒れそうだと言うのに。
この後輩と来たらマイペースに、何やら背負っていた大きな新緑色のリュックを床に置く。
何を持ってきたんだ? 登山感覚で廃墟くんなよバカヤロー!
そう言おうと思った。
思ったけれど、それは神山のセリフに遮られた。
「どうしましょうねぇ、暇ですねぇ。……あ、チョコケーキ食べます?」
「なんつーマイペースな発言なんだお前は」
「ケーキ沢山持ってきたんですよー! 先輩と食べようと思って!」
語尾にハートマークか付きそうな声音で言われようとも、俺は全く心動かされない。
何故なら場所が場所だから。現象が現象だから。
「お前良くこんなところで食う気になれるな。すっげぇ生臭いし空気重いし視線バリバリ感じる、如何にもな場所なのに」
さすが廃病院。
さすがちょっとネットで検索かけたらトップにヒットするような心霊スポット。
全く見えないし、聞こえないが、肌がザワザワとして鳥肌が立つ。
神山はチョコレートケーキをホールで取り出し……ちょっと待て。お前その登山感覚のリュックにどうやってホールケーキを型崩れせずに詰めてきたんだ。結構山道歩いたぞ。
お前がまず怖いわ神山よ……。
そんな俺の動揺など気にもせず、使い捨てのフォークを取り出してビニールをビリビリ破きながら神山はさも当然だとばかりに言う。
「ああ、慣れてますから」
「なんで慣れてんの?……とか絶対聞かないから安心しろ聞きたくない」
「あははー。そりゃあ私が神社の娘でちょーっと霊力が高いからですよー」
「聞きたくないって言ったじゃねぇか……!」
顔を手で覆ってワァと泣く。いや、まじで涙出てきた。
神山はもっしゃもっしゃとチョコレートケーキを食べながら、「あ、」と呟く。
「なんだよ……」
警戒しながら訊ねれば、困ったようにフォークを口に咥えた神山が「あれ見てくださいー」と少し離れた位置にある盛り塩を指差す。
この廃墟で一番綺麗な場所を探して今現在の……ここは、待合室だろうか?
ボロボロの椅子が長いこと放置されていたことを語っていた。
そこに座る神山は、盛り塩を指差したままなので、俺は渋々見やる。
そこには黒く染まり、墨汁のように溶けた塩が。
……塩って、あんな色になったっけ?
疑問符を頭に浮かべていれば、神山は呑気にチョコレートケーキを食べつつ言うのだ。
「あー。清めた塩の結界が溶けてきましたねー。そろそろヤバそうです」
「そろそろヤバいなら帰りてぇなァ?」
具体的には、何者かの圧が掛かったこの場所で気絶する前に。
「なら、ケーキさっさと食べちゃいましょーよ」
「普通さ? 結界? とか来たときに言ってたな。それの補強とかしない? なんでケーキ優先することにガチで命かけてんの?」
「だって、別に怖くなんてないですし」
「だろうね! お前、全く怖がってないもんね! めちゃくちゃケーキ食ってるもんね! 俺は絶賛ビビってるのにね!」
「……先輩……もしや怖がりさんだったんですか? ……じゃあ、なんで肝試し付いてきてくれたんです?」
神山がびっくりしたように言う。
「そりゃあ。お前が心配だったから」
「はい? なんです? うるさくて聞こえませんでした」
「だから女一人じゃ心ぱ……俺と二人しか居ないのに……うるさい……?」
「厳密には先輩と私と、あとこの病院で亡くなった方と肝試しに来て連れていかれた方々が居ますから二人きりじゃないですよ? あ、生きてるのは私と先輩の二人だけですけど」
「……もうやだ。帰りたい」
「ダメですよぉ先輩。まだチーズケーキとタルトとブッシュドノエルとモンブランがあるんですから!」
「やけに大きな登山用リュックだなとか思ってたけどそんなに持ってきてたの!? どうしよう! お前の食欲の方が怖い!」
「だって、先輩の好みとか知りませんし」
「俺はシンプルにショートケーキが好き、じゃなくて。いい加減帰ろうぜ。気分悪くなってきた」
「どうやって?」
「は?」
「さっき先輩自分で確認したじゃないですか? ーー玄関が開かないって。それに窓も壊せない。じゃあ、どうやって出るんですか?」
「……え?お前、慣れてるんだよね?」
「はい」
「ここから出る方法知ってたり……」
「まあ、ここに閉じ込めた元凶を倒せば帰れるとは思いますけど」
「じゃあ早くその元凶を倒しに行こうぜ?」
恐怖のあまり気分は若干RPGゲーム感覚だ。
神山はその長い睫毛を伏せながら、俺に死刑宣告のような言葉を吐く。
「それは無理ですねぇ」
「……なんで?」
「実は、ケーキ持ってくるのに必死で塩とかお札とかその他色々忘れて来ちゃって」
「……」
「あの、先輩?生きてますかぁ?」
「……」
「大変だ。気絶してる。このままじゃ先輩がお仲間になっちゃうなぁ」
口にちょっとした冗談をどうやら先輩は真に受けたらしい。
「先輩。本当に怖いのダメだったんですねぇ。なんで付いてきてくれたんだろ。あ、強引に連れてきちゃったからか」
でもこうでもしなきゃ先輩と一緒にクリスマスなんて過ごせないと思ったからしょうがないじゃなないですか。と、一人呟きながら。
気を失った先輩の周りに新しい盛塩と酒で作った結界を作り、ついでとばかりに先輩に今朝作って清めたお守りを握らせておく。
「怖がらせてごめんなさい。すぐに終わらせてきますから、ちょっと待ってて下さいね? それと、」
私は一度区切り、グッと一度唇を噛み締めてから言う。
「ここから出た後も避けないでくれますか?」
望みのようなその言葉は、煩い憎念に掻き消された。
それ以前に先輩は気を失っているから、聞こえることはないだろう。
「あは。なーんてね。ちょっと高望みしすぎかな?」
なはは、なんて笑って。
よいしょ、と屈伸運動をすれば。
聖夜にはふさわしくないグロテスクな姿をした半透明な元人間がひしめく中を海を割るように歩き、元凶が居るであろう廃病院の奥に先輩を置いて進んでいった。
神山に名前を呼ばれる。甘ったるい、まるで恋人を呼ぶような声音で。
しかし今現在居る場所は高校の正門前。殆ど関わり合いのなかった筈の後輩の神山に数日前「クリスマスの夜、空いてますか?」と声をかけられたのが始まり。
高校の正門前は確かに高校生の姿としては正しいかも知れないが、恋人同士が来るような場所ではないだろう。
(例えばそうだとしても俺は嫌だ。もっとイルミネーションが綺麗なところに行きたい……)
そもそも俺達は『恋人』なんて呼べる関係線上ではない。
表すのであれば先程も言ったし呼ばれたが、ただの『先輩』と『後輩』だ。
「クリスマスと言えば肝試しが定番ですよね!」
「すげえ。俺の定番が今覆された」
神山の言葉に俺は即座に突っ込む。
いや、だって何が哀しくて草木も眠る深夜二時のクリスマスになった直後に後輩と肝試しせにゃならんのだと。
「そんなわけで肝試ししましょう!」
しかし神山は気にしない。全くと言って良いほど空気を読まずに話をサクサク進める。
「いい感じの噂とかが流れている廃病院を先輩にOK貰った時から必死で探して、今日ようやく見つけたので連絡しちゃいました!」
「いい感じの噂の時点で怖いな!」
「大丈夫ですよー。私と先輩なら難なく乗り越えられます!」
「何を乗り越えるのか聞いていい? あ、やっぱ言わなくてもいいわ。どうせロクなことにならないから」
「先輩」
「なんだ」
「レッツ☆肝試し」
「人の話を聞け!……って、言ってもお前は聞かない子だよね。今のやり取りで解ってた……」
その言葉を最後に、俺はドナドナされるが如く神山に引き摺られながら何処か……まあ、廃病院だろうけどね! そこに向かう。
ああ、嫌だ。何が嫌って……俺は生来のびびりなのだ。
「……ああ、廃病院ってだけで、こんなことが起きるとはさすがに夢にも思わなくて俺、召されそう」
遠い眼差しをしながら、はあ、と溜め息を吐く。
溜め息を吐く以外に『今』出来ることはないのだ。
「先輩。窓も割れないみたいですよー!」
「ああ、うん。玄関も駄目だった……というかお前なんでそんな元気なんだよ……」
俺は今にもぶっ倒れそうだと言うのに。
この後輩と来たらマイペースに、何やら背負っていた大きな新緑色のリュックを床に置く。
何を持ってきたんだ? 登山感覚で廃墟くんなよバカヤロー!
そう言おうと思った。
思ったけれど、それは神山のセリフに遮られた。
「どうしましょうねぇ、暇ですねぇ。……あ、チョコケーキ食べます?」
「なんつーマイペースな発言なんだお前は」
「ケーキ沢山持ってきたんですよー! 先輩と食べようと思って!」
語尾にハートマークか付きそうな声音で言われようとも、俺は全く心動かされない。
何故なら場所が場所だから。現象が現象だから。
「お前良くこんなところで食う気になれるな。すっげぇ生臭いし空気重いし視線バリバリ感じる、如何にもな場所なのに」
さすが廃病院。
さすがちょっとネットで検索かけたらトップにヒットするような心霊スポット。
全く見えないし、聞こえないが、肌がザワザワとして鳥肌が立つ。
神山はチョコレートケーキをホールで取り出し……ちょっと待て。お前その登山感覚のリュックにどうやってホールケーキを型崩れせずに詰めてきたんだ。結構山道歩いたぞ。
お前がまず怖いわ神山よ……。
そんな俺の動揺など気にもせず、使い捨てのフォークを取り出してビニールをビリビリ破きながら神山はさも当然だとばかりに言う。
「ああ、慣れてますから」
「なんで慣れてんの?……とか絶対聞かないから安心しろ聞きたくない」
「あははー。そりゃあ私が神社の娘でちょーっと霊力が高いからですよー」
「聞きたくないって言ったじゃねぇか……!」
顔を手で覆ってワァと泣く。いや、まじで涙出てきた。
神山はもっしゃもっしゃとチョコレートケーキを食べながら、「あ、」と呟く。
「なんだよ……」
警戒しながら訊ねれば、困ったようにフォークを口に咥えた神山が「あれ見てくださいー」と少し離れた位置にある盛り塩を指差す。
この廃墟で一番綺麗な場所を探して今現在の……ここは、待合室だろうか?
ボロボロの椅子が長いこと放置されていたことを語っていた。
そこに座る神山は、盛り塩を指差したままなので、俺は渋々見やる。
そこには黒く染まり、墨汁のように溶けた塩が。
……塩って、あんな色になったっけ?
疑問符を頭に浮かべていれば、神山は呑気にチョコレートケーキを食べつつ言うのだ。
「あー。清めた塩の結界が溶けてきましたねー。そろそろヤバそうです」
「そろそろヤバいなら帰りてぇなァ?」
具体的には、何者かの圧が掛かったこの場所で気絶する前に。
「なら、ケーキさっさと食べちゃいましょーよ」
「普通さ? 結界? とか来たときに言ってたな。それの補強とかしない? なんでケーキ優先することにガチで命かけてんの?」
「だって、別に怖くなんてないですし」
「だろうね! お前、全く怖がってないもんね! めちゃくちゃケーキ食ってるもんね! 俺は絶賛ビビってるのにね!」
「……先輩……もしや怖がりさんだったんですか? ……じゃあ、なんで肝試し付いてきてくれたんです?」
神山がびっくりしたように言う。
「そりゃあ。お前が心配だったから」
「はい? なんです? うるさくて聞こえませんでした」
「だから女一人じゃ心ぱ……俺と二人しか居ないのに……うるさい……?」
「厳密には先輩と私と、あとこの病院で亡くなった方と肝試しに来て連れていかれた方々が居ますから二人きりじゃないですよ? あ、生きてるのは私と先輩の二人だけですけど」
「……もうやだ。帰りたい」
「ダメですよぉ先輩。まだチーズケーキとタルトとブッシュドノエルとモンブランがあるんですから!」
「やけに大きな登山用リュックだなとか思ってたけどそんなに持ってきてたの!? どうしよう! お前の食欲の方が怖い!」
「だって、先輩の好みとか知りませんし」
「俺はシンプルにショートケーキが好き、じゃなくて。いい加減帰ろうぜ。気分悪くなってきた」
「どうやって?」
「は?」
「さっき先輩自分で確認したじゃないですか? ーー玄関が開かないって。それに窓も壊せない。じゃあ、どうやって出るんですか?」
「……え?お前、慣れてるんだよね?」
「はい」
「ここから出る方法知ってたり……」
「まあ、ここに閉じ込めた元凶を倒せば帰れるとは思いますけど」
「じゃあ早くその元凶を倒しに行こうぜ?」
恐怖のあまり気分は若干RPGゲーム感覚だ。
神山はその長い睫毛を伏せながら、俺に死刑宣告のような言葉を吐く。
「それは無理ですねぇ」
「……なんで?」
「実は、ケーキ持ってくるのに必死で塩とかお札とかその他色々忘れて来ちゃって」
「……」
「あの、先輩?生きてますかぁ?」
「……」
「大変だ。気絶してる。このままじゃ先輩がお仲間になっちゃうなぁ」
口にちょっとした冗談をどうやら先輩は真に受けたらしい。
「先輩。本当に怖いのダメだったんですねぇ。なんで付いてきてくれたんだろ。あ、強引に連れてきちゃったからか」
でもこうでもしなきゃ先輩と一緒にクリスマスなんて過ごせないと思ったからしょうがないじゃなないですか。と、一人呟きながら。
気を失った先輩の周りに新しい盛塩と酒で作った結界を作り、ついでとばかりに先輩に今朝作って清めたお守りを握らせておく。
「怖がらせてごめんなさい。すぐに終わらせてきますから、ちょっと待ってて下さいね? それと、」
私は一度区切り、グッと一度唇を噛み締めてから言う。
「ここから出た後も避けないでくれますか?」
望みのようなその言葉は、煩い憎念に掻き消された。
それ以前に先輩は気を失っているから、聞こえることはないだろう。
「あは。なーんてね。ちょっと高望みしすぎかな?」
なはは、なんて笑って。
よいしょ、と屈伸運動をすれば。
聖夜にはふさわしくないグロテスクな姿をした半透明な元人間がひしめく中を海を割るように歩き、元凶が居るであろう廃病院の奥に先輩を置いて進んでいった。
1/20ページ