SS 81~100
仕事で疲れた身体を癒そうと、家に帰ってから真っ先に風呂場に向かった……のはいいが、何故かちゃぽん、という人が風呂に入った時に発生する水音が聞こえてきた。
実家暮らしではない上に先日母親が来たばかりなので親ではない、と思う。
じゃあ一体風呂場に居るのは誰だろう?
(泥棒?)
何故泥棒が風呂場に居るのかとか思わなかった訳ではないけれど、とりあえず音を出さないように寝室まで行き、立て掛けてあった木刀を手にすると、そうっと風呂場の中を覗く。
この木刀は父親が女の一人暮らしは何かと不安だろうからと置いていってくれたものだ。
母はそんな父に不審者どころか男の人も寄って来ないわよ!なんて抗議していたが。
(男より先に不審者が入って来ちゃったけどね)
バクリバクリと心臓が大きな音を立てる中、そんな事を思って気を紛らわせる。
浴室を身体が映らないように曇りガラス越しに覗けば、やはり人影。
私は意を決して浴室の扉を全開にした。
そこに居たのは、
「あ、おかえりなさい菜月さん。お先にお風呂頂いてます。いい湯加減になってると思うので直ぐに入れますよ?一緒に入りますか?それともご飯にしますか?色々作ってありますよ。菜月さんのお好きなものを作ったつもりですから、お口には合うと思うのですが」
「……は?」
全く見知らぬ他人に風呂を勧められた挙げ句食事の用意も出来ているらしい。
それはありがたい、なんて言える訳がない。
悠々と風呂に浸かっていた泥棒だか変質者だかの男は良く見ると綺麗な顔をしている。
その綺麗な顔ににこりと笑みを浮かべながら、男は口を開いた。
「あ、遅ればせながら。僕は菜月さんのストーカーをやらさせて頂いてます、間山と申します」
――うん。意味が分からない。
ストーカー?ああ、だから家にも勝手に入れたの?そっかぁ。
なんて暢気に返しそうになるくらいには混乱しているみたいだ。
ふぅ、と息を一つ吐いて男を見やる。
男は相変わらずニコニコと笑みを浮かべたままだ。
「……とりあえず、お風呂から出てくれませんか?」
「ああ、はい。先にお夕食を召し上がられるのですね。分かりました。直ぐに温めますね」
「はあ、お願いします」
いや、お願いしちゃいけないんじゃないのかなとは思った。
思ったけれど、疲れた身体と頭では、もうこれ以上を考える事が面倒くさい。
面倒くさいついでに色々やってくれるみたいだから、とりあえず男、間山さんの作ったご飯でも食べて、話はそれからだ。
風呂から上がる間山さんの裸を見ないようにリビングに行き、クッションを抱えて一人用ソファに座ること五分。
お風呂から上がった間山さんが、首に見覚えのないタオルを巻き、そのままキッチンに向かった。
「お待たせしました菜月さん。お夕飯の支度ができましたよ」
「ああ、ありがとうございます」
ローテーブルの上に所狭しと並ぶ食事の数々はお風呂で言われた通り確かに私の好物ばかりだ。
何故私の好物を知っているんだとかは考えない。
というか、ストーカーだからという一言で片付いてしまうと思う。
いや、間山さんが本当にストーカーかどうかは分からないけど、鍵を掛けた部屋に平然と居るのだから、もうそれでいいやという気にもなる。
とにかくごちゃごちゃ考えるのが面倒くさいのだ。
もう色々話を聞くのは明日でいいかな?
「…美味しいですか?」
「美味しいですよ?」
「良かった…!菜月さんに僕の料理を食べてもらうの、菜月さんに惚れてからの夢だったんです」
「へー、ソウナンデスカ」
「はい!」
そう言えばストーカーと言えばこういう食べ物に色々変なものを入れる人も居ると聞いたことがあるけれど……まあ、食べちゃったしいいか。事実、美味しいし。
「また明日も作りに来てもいいですか?」
「んー?いいよー」
「本当ですか!?」
「うん。何か良く分からないけど、いいよー」
この時の私はもう思考も限界点突破していて、とにかく身体が睡眠を訴えていた。
だから間山さんの言葉の意味を深く考えずに、とりあえず頷いとけと思ったのだろう。
隣で忠犬宜しく正座をしていた間山さんが、途端目をキラキラとさせたのを見ても、何かいい事でもあったのかなー、程度の事しか考えられなかったのだ。
この時、もっとまともな判断が出来ていたなら。
この時、仕事が忙しくて中々取れなかった睡眠がキチンと取れていたなら。
この時、あのハゲ散らかした上司が私に鬼のような仕事を渡してこなければ。
次の日に言われた『また明日』の言葉に、頷くこともなかっただろうに。
そして『また明日』の約束が何年も続き、『これから一生』なんて約束に変わることもなかっただろうに。
そしてそんな人生を嫌じゃないなんて思ってしまうことも無かったのかもしれないのにね?
実家暮らしではない上に先日母親が来たばかりなので親ではない、と思う。
じゃあ一体風呂場に居るのは誰だろう?
(泥棒?)
何故泥棒が風呂場に居るのかとか思わなかった訳ではないけれど、とりあえず音を出さないように寝室まで行き、立て掛けてあった木刀を手にすると、そうっと風呂場の中を覗く。
この木刀は父親が女の一人暮らしは何かと不安だろうからと置いていってくれたものだ。
母はそんな父に不審者どころか男の人も寄って来ないわよ!なんて抗議していたが。
(男より先に不審者が入って来ちゃったけどね)
バクリバクリと心臓が大きな音を立てる中、そんな事を思って気を紛らわせる。
浴室を身体が映らないように曇りガラス越しに覗けば、やはり人影。
私は意を決して浴室の扉を全開にした。
そこに居たのは、
「あ、おかえりなさい菜月さん。お先にお風呂頂いてます。いい湯加減になってると思うので直ぐに入れますよ?一緒に入りますか?それともご飯にしますか?色々作ってありますよ。菜月さんのお好きなものを作ったつもりですから、お口には合うと思うのですが」
「……は?」
全く見知らぬ他人に風呂を勧められた挙げ句食事の用意も出来ているらしい。
それはありがたい、なんて言える訳がない。
悠々と風呂に浸かっていた泥棒だか変質者だかの男は良く見ると綺麗な顔をしている。
その綺麗な顔ににこりと笑みを浮かべながら、男は口を開いた。
「あ、遅ればせながら。僕は菜月さんのストーカーをやらさせて頂いてます、間山と申します」
――うん。意味が分からない。
ストーカー?ああ、だから家にも勝手に入れたの?そっかぁ。
なんて暢気に返しそうになるくらいには混乱しているみたいだ。
ふぅ、と息を一つ吐いて男を見やる。
男は相変わらずニコニコと笑みを浮かべたままだ。
「……とりあえず、お風呂から出てくれませんか?」
「ああ、はい。先にお夕食を召し上がられるのですね。分かりました。直ぐに温めますね」
「はあ、お願いします」
いや、お願いしちゃいけないんじゃないのかなとは思った。
思ったけれど、疲れた身体と頭では、もうこれ以上を考える事が面倒くさい。
面倒くさいついでに色々やってくれるみたいだから、とりあえず男、間山さんの作ったご飯でも食べて、話はそれからだ。
風呂から上がる間山さんの裸を見ないようにリビングに行き、クッションを抱えて一人用ソファに座ること五分。
お風呂から上がった間山さんが、首に見覚えのないタオルを巻き、そのままキッチンに向かった。
「お待たせしました菜月さん。お夕飯の支度ができましたよ」
「ああ、ありがとうございます」
ローテーブルの上に所狭しと並ぶ食事の数々はお風呂で言われた通り確かに私の好物ばかりだ。
何故私の好物を知っているんだとかは考えない。
というか、ストーカーだからという一言で片付いてしまうと思う。
いや、間山さんが本当にストーカーかどうかは分からないけど、鍵を掛けた部屋に平然と居るのだから、もうそれでいいやという気にもなる。
とにかくごちゃごちゃ考えるのが面倒くさいのだ。
もう色々話を聞くのは明日でいいかな?
「…美味しいですか?」
「美味しいですよ?」
「良かった…!菜月さんに僕の料理を食べてもらうの、菜月さんに惚れてからの夢だったんです」
「へー、ソウナンデスカ」
「はい!」
そう言えばストーカーと言えばこういう食べ物に色々変なものを入れる人も居ると聞いたことがあるけれど……まあ、食べちゃったしいいか。事実、美味しいし。
「また明日も作りに来てもいいですか?」
「んー?いいよー」
「本当ですか!?」
「うん。何か良く分からないけど、いいよー」
この時の私はもう思考も限界点突破していて、とにかく身体が睡眠を訴えていた。
だから間山さんの言葉の意味を深く考えずに、とりあえず頷いとけと思ったのだろう。
隣で忠犬宜しく正座をしていた間山さんが、途端目をキラキラとさせたのを見ても、何かいい事でもあったのかなー、程度の事しか考えられなかったのだ。
この時、もっとまともな判断が出来ていたなら。
この時、仕事が忙しくて中々取れなかった睡眠がキチンと取れていたなら。
この時、あのハゲ散らかした上司が私に鬼のような仕事を渡してこなければ。
次の日に言われた『また明日』の言葉に、頷くこともなかっただろうに。
そして『また明日』の約束が何年も続き、『これから一生』なんて約束に変わることもなかっただろうに。
そしてそんな人生を嫌じゃないなんて思ってしまうことも無かったのかもしれないのにね?