SS 61~80

ある、酷い雨の日だった。
ボロボロのローブを纏ったずぶ濡れの男が「雨が止むまででいいから家に入れて貰えないか?」と頼んで来たのは。

外は酷い雨。
女の独り暮らしとはいえ、そんな中に放り出す程非情ではなかった私は、彼を家に招いて温めたミルクと、余り物で悪いけれどと言いながらじゃがいもで作ったスープを出してやった。
彼は酷く喜んで、ミルクとスープで身体を暖める。


「なんて優しい方なんでしょう…!見ず知らずの男にこんなにも良くしてくれるだなんて」

「いや、普通の事だと思うけど…」

「いいえ、私がここを訪ねる前に何軒かの家に同じことを言いましたが、私を不信がってか誰も私を家に招いてはくれなかったですから……」

「最近近くの村に盗賊が現れたって噂になってたから、警戒してたのかも。許してあげてよ」

「そうだったのですか。……あなたは私を怖いとは思わないのですか?」

「私?私は別に。この家にはお金になる物もないし、盗られて困る物もないから」

「その盗賊はあなたを殺すかも知れませんよ?」

「あはは。その時はその時だろうね」


私が死んだ所で悲しむ人も居ないから、別にそうなっても構わないしね。

にこりと笑ってそう言えば、青年は何かを考えるように顎に手を当てる。


「あなたはこの家に1人で?」

「ええ。両親が死んじゃってからずっと1人よ」

「こんな何もない山奥では、さぞ不便でしょう?」

「慣れちゃえば平気よ」

「……慣れてしまう程に長く生きているから、ですか?」

「……なんのことかな?」


男の言葉に笑って答える。
けれど心臓はどくんどくんと早鐘を打ち始めていた。
男はガタリと音を立てて椅子から立ち上がると、私の側に来て顔を隠していたフードに指を掛け、一気に剥ぎ取った。
露になった男の姿に、あ、と声を上げる。


「あなたを一目見ようと噂を頼りにこんな所まで来てしまいましたが、どうやらそれは無駄ではなかった様ですね」

「――バレバレって事ね」


顔を覆っていたフードが取り去られた今、露になっているのは夜空に浮かぶ月のような、金色の髪。


「――不老の魔女さん。良ければ私と共に来て下さいませんか?」


近くの村に現れたという、この国では珍しい盗賊の首領と同じ色。


「嫌よ。怖い怖い盗賊サマの頼みでも、それには応えられないわ」

「それは残念」


全く残念さを感じさせない彼は、ニヤリと弧に描いた金色の瞳で私を見ると、口を開いた。


「けれど私は盗賊。一度定めた獲物を諦めるだなんてしませんよ」

「ふぅん。じゃあ、どうするの?」

「幸いこの雨は当分止みそうにもない。その間にあなたに“うん”と頷かせて見せます」

「……私が頷かなければ?」

「うーん、そうですね。あなたに頷いて頂けるまで、何度でもこの家に足を運びます」

「つまりどうしたって私が欲しいと」


はい。と良い笑顔で頷いた男に脱力する。
これは早々に新しい家を見付けないといけないらしい。
この男が追って来られない場所まで。
その算段を頭の中でしていると、男が「いや」と首を捻る。


「あなたが欲しい、では少し違いますね。何だか誤解を招きそうだ」

「誤解?私が不老になった方法を知りたいとか、そういう理由でしょう?」

「参ったな。やっぱり誤解されてる。そうじゃないんですよ」


そう言いながら男は私の手を取って、髪と同じ金色の瞳で私を見据えながら言った。


「確かに私はあなたの不老の理由を好奇心から知りたかった。その為なら何だってするくらいの気でした。でも、」

「でも?」

「どうやら私は、あなたの優しさに惚れてしまったみたいなんです」

「……は?」


口をあんぐりと開けてまじまじと男を見やる。


「あまり見つめないで下さい。恥ずかしいじゃないですか」


全く照れているようには見えない顔でそう言う男は、その間も私の手首を放す気はないらしく掴んだままだ。



「盗賊は狙った獲物を逃しません」



――だから、覚悟していて下さいね?



小首を傾げてそう言った男の言葉を脳が処理しきれず何も応える事が出来ない。
目の前でにこにこと笑っているこの男を、何故家に招いてしまったのかと、数十分前の自分の行動を激しく悔いた。


「今日の寝床は一緒でもいいですか?あ、まだ何もしませんから安心してくださいね?」


『まだ』って事は『いつか』はする気なんですねと肩を落とした。


数百年生きる私でも、こんな事態は初めてだ。
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