SS 61~80

※性を匂わせる表現があります。
苦手な方はご注意下さい。



「僕の子を孕んで下さい」


それが初対面の奴が発した初めての言葉であった。






「ナツさん!また来ました!さあ、今日こそ僕の子を孕んで下さい!」

「死ね、ケダモノ」

「今日の衣装は随分露出が多いんですねぇ。大変そそります。僕と一発如何です?」

「存在ごとこの世から消え去れ」

「今日もツレませんねぇ。そんなナツさんも大好きです!でもいつか「マツノさんの子を孕みたいの」って言わせてみせますね?」

「無駄な決意表明をどうもありがとう。お帰りは彼方の扉からどうぞ。そして二度と帰ってくるな」

「本当にツレませんねぇ」

「貴方の態度でもツレる馬鹿は彼処でアホみたいな下心しかない男に媚売ってる馬鹿女くらいよ」


ツイ、と指先を右に逸らせ、気色の悪い笑みを浮かべる男の膝の上に乗り上がり、聞くも耐えない猫撫で声を上げている同僚を指差す。
すると目の前の野郎、マツノは何を考えているのか考えたくもない笑みをその顔に貼り付けて言う。


「アレじゃ駄目ですよ」

「まあ、確かに。オススメしておいて何だけど、アレを受け付けない貴方の審美眼は正しいと思うわ」

「ふふ、お褒めに預り光栄です」


腰を折り、胸に掌を当てて背中に空いた片手を回すその仕草は、まるでどこぞの令嬢にでもするかのような大袈裟な振る舞いだと感じながら、私は「あくまでも」と声を上げる。


「貴方が私を買うのなら、私は相手をしますが。如何ですか?“マツノ様”?」

「勿論。今日もナツさんを買わせて頂きますよ?ですが、いつかは僕の子を孕んで頂きたいものです」


貴女の意思で。


そう言ったマツノにそれだけは有り得ないと鼻で嗤った。


そんな未来が訪れる日はきっとないのだ。
売春を生きる糧としている女に本気で入れ揚げる男が何処に居る。
居たとしてそれは、


「ナツさん」

「ナニ」

「愛してます」


それは、ただの勘違いに過ぎない。
親に売られるか拐われるかのどちらかの境遇を持つ者が多い私達を可哀想だと哀れんだ、頭も日常も幸せな人間の、ただの自己満足な遊びに過ぎない。


だから私はそんな言葉に踊らされることはない。


「それは結構。じゃあ、部屋に行きますよ」

「信じてませんね?酷いなぁ。本心なのに」


そう呟いて、けれど怒りもしないのだから、やはり本心ではないのだと勝手に位置付けて。
今日も生きる為に自分に宛がわれた部屋にマツノを連れて行く。


軽くあしらわれたマツノがどんな顔をしていたかも知らないで。








「――まだまだですかねぇ。ねえ?ナツさん?」


軽薄に吐き出される言葉を信じないならそれでも構わない。
重み等感じないように吐き出しているのだから。
逃げられでもしたら敵いませんし。


ですが、


「僕、そんなに気は長くないんですよねぇ」


弱りましたねぇ。
あまり長く待たせるようなら、君の意思も何もかもを置き去りにして。
君をかっ拐ってしまいますよ?


「何か言った?」

「いいえ?何も」


君を愛しています。
心から。
だから早く、僕の所に堕ちてきてくださいね?
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