SS 41~60

「いい加減機嫌直せよ」

「……機嫌、悪くないです」

「ならこっち向け。顔見せろ」

「ヤです。浮気した人の顔は見たくありません」


やっぱり怒ってるじゃねえか。と、そっぽを向く朱里に苦笑する。


「あれは浮気じゃねえって言ってるだろ?」

「浮気です」

「姐さんと話しただけだ」

「私以外と話すのは浮気です」

「朱里。いい加減にしろ。俺だって暇じゃねぇ」

「私も怒ってません。忙しいなら仕事に行って貰ったって構わないんですよ」

(仕事に行ったら行ったで拗ねるクセに)


ったく。と呟いて、拗ねているらしい朱里の顎を掴んで此方に向けた。
痛んだのか少しだけ眉根を寄せる。


「いい加減にしろって言ってるだろ。お前は俺を怒らせたいのか?」

「……」

「朱里」

「……だって、」


黙り込んだ朱里の名前を普段より低い声で呼べば朱里は重い口を開いた。


「私には組の人と話すなとか外に出るなとか言うくせに、宗さんは好き勝手出来て狡いです」

「当たり前だろ。お前は俺に買われたんだから」

「でも、狡いです」


そう言えばしゅんと落ち込む朱里。
その頭を撫でてやれば、押し付けるように自分の頭を俺の手のひらに押し付けるような仕草を見せる。
それだけで少し機嫌が良くなるんだから、現金な女だと思うけれど。


(惚れた弱味か。こんなんが可愛いなんざ思うんだからな)


愛想がない。笑わない。我が儘は言う。
俺が嫌いなタイプな筈なのに、どうしてか朱里は良いんだから。
惚れた腫れたは怖いもんだ。
しかも、親の借金のカタに治安の悪い場所で身体を売らせようとしていた所を買ったのだから相当だ。
そこで初めて会ったっていうのだから、それこそ終わっている。


(それでも欲しかったんだから、しょうがねぇよなぁ)


今は完全に機嫌を良くしたのか、ゴロゴロと猫みたいに俺の腕の中で甘える朱里の喉を撫でる。


「にゃー?」

「いいな。猫みてぇだ。もっと鳴けよ」

「……にゃー」


呆れを交えさせた目で俺を見ながら、それでも鳴き真似をする朱里が可愛くてしょうがない。


「大層変態な御趣味ですね」

「お前が可愛いからな」

「会話になってません」


ごろんと本物の猫みたいに腹を見せて、猫の手を作る朱里にひらひらと自分の手を振れば、朱里は俺の手を捕まえるような仕草をする。
まるで本物の猫みたいだ。


(ああ、いいな)


朱里が猫だったなら。首輪に鎖を付けて逃げ出せないように繋いで。
他所に何か目がいかないように誰の目を憚る事なくドロドロに愛してやれるのに。
そうすりゃ、この我が儘な猫を全部手に入れられたような気がするのだろうに。


「……首輪でも着けるか」

「はい?」

「鈴付きの首輪。赤が良いな。お前の白い肌には良く映える」

「……とうとうマニアックプレイですか」

「そうかもな」


真白い首を自身の手で掴んでそう言えば、朱里は怖がる事もなく、むしろ呆れたようにそう言った。
そんな度胸がある所も気に入っている。

ニィッと口端を吊り上げて、首から頬へと指を滑らせそのまろい頬を親指と人差し指で掴む。
「むぅっ」と可愛い声を出す朱里に笑いながら、むにむにと指に力を加えたり離したり。
頬の弾力を楽しんだ。


「止めて下さい、宗さん」

「機嫌直ったな」

「……今、その話し出しますか?」


指を離しながらそう言ってやれば、バツが悪そうに目を逸らされた。
それがむかついたから、今度は顎をガシリと掴んで俺を見るように固定する。
寝転がっているせいで抵抗出来ない朱里は、じたばたと足を動かして些細な反抗をしていた。


「あれは宗さんが悪いんです」

「そうだな。俺が悪かった」

「……認めないで下さいよ」

「悪いのは俺なんだろう?」


ん?と首を首を少し傾げて言えば、「……悪くないです。宗さんはお仕事しただけです」と小さな声で言う朱里。


ヤキモチを妬いて俺に当たって。それでも素直になれない。
そこら辺に居る女に同じことをされたら、問答無用で関係を絶つが、朱里にされたならどんな行動だって許せてしまうのだから。


(本当に、惚れた腫れたは怖い)


それでも手離してやる気なんて微塵もないのだが。


「……あの、宗さん?怒ってますか?」

「あ?そうだな」


今晩、俺だけの可愛い猫になるなら。
素直じゃねえことくらい許してやるよ。


そう囁けば、ボフンと音が鳴るんじゃないかってくらいの勢いで朱里は顔を赤らめた。


「お、オヤジくさいっ!」

「へぇ。んな口利くんだから覚悟出来てんだよな?」


クックッと喉の奥で笑えば朱里はむぅ、と唸る。
それでも俺の腕の中に居るのだから、それを了承と受け取って。
俺は腰を曲げると朱里の額に唇を落とした。



厄介者=奥さん
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