SS 41~60

丸い形をした『鉢』という中に、私は囚われた。

泳げないわけではない。
けれど広いわけでもない。
海の中で自由に泳ぐ人魚にとって、これほどまでに辛いことはないだろう。


「白銀。今日も美しいね」


目の前で椅子とやらに座る人間のオスが、私をうっとりとした顔で見るから、口を動かした。


『へ ん た い』

「ふふ。釣れないことを言うね?」


にこにこと何が楽しいのか笑う人間。
私の言葉は実際にはコポコポと泡が口から漏れ出ているだけだ。けれどこの人間には私が言いたいことが分かるらしく普通に会話を行えた。

私に声帯さえあれば、心ゆくままに罵詈雑言を浴びせられたのに。と唇を噛み締める。
人魚は文字通り人と魚を半身づつに持つ海の生き物。
けれど人の知能を持っているから人間と同じ様な言葉を使うことが出来る。
私だってこの人間に囚われるまでは出来ていた。

その時のことを思い出して喉がヒリヒリと痛む。


(声帯を潰すような人間を変態呼ばわりして何が悪い)


口を動かせば人間に読み取られてしまうし、何より人間が喜ぶから言葉にはしない。
その代わりに胸の中で悪態をつく。

この人間は私の自由の全てを奪った。
海で泳ぐことも、自由に喋ることも、食事を取ることも、暇を潰すことだって。
この人間が居なければ私には何も出来ない。
それがこの人間の狙いなのだそうだけれど。趣味が悪いとしか言いようがない。


「白銀」


不意に呼ばれて人間の方に顔を向ける。
本当はこんな奴の顔を見たくもないけれど、反応を示さないと何をされるか分からないからそこは我慢だ。


『な に』

「愛してる」


日に一度は必ず言われるこの言葉。
それに内心飽々しながらも口を動かした。


『わ た し は 嫌 い』

「ふふ。知ってるよ」


そう返せば、心底嬉しそうに人間は微笑む。
嫌いと言われてこの人間は笑うのだ。
つくづく変態だと内心で罵った。
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