SS 41~60

「先輩。空き教室で三年の先輩とキスしてたらしいわよ?また浮気だってね?ご愁傷さま」


いきなり目の前に立ったかと思えばそんなことを突然言われた。
目の前の化粧が濃い彼女とは、クラスメイトくらいしか接点なんてないんだけどな。


「だから?キスなんてたかが唇の接触でしょう?貴女もして欲しいなら先輩に頼めばしてくれるんじゃない?」

「はあ?ふざけてんじゃないわよ。あんなに浮気性だなんて思ったら萎えた。興味ないのよ」

「へー?そうなんだ。そのわりにはまだ未練ありそうな顔してるけど」

「そりゃ、……恋敵が飄々とした顔で先輩の浮気に興味無さげだったら、まだ私にもチャンスあるんじゃないかって思うでしょ?」


私には出来ない恋する女の子の顔でそう言った彼女。
恋敵なんて認識した気はなかったけど、彼女からしたら確かに私は恋敵なんだろうな。
先輩、競争率高いし。


「浮気だって思ってないから飄々と出来るんだよ」

「はあ?あんなのどう見たって浮気でしょ?」

「言ったじゃん。キスはただの唇同士の接触だし、そんなんでいちいち目くじら立ててたら付き合った途端に壊れるわよ」

「……アンタ変わってるわね」

「良く言われる」


呆れたような顔をする彼女は、私の前の席に居た人を退かすとその席に座り私の顔を覗き込んできた。


「なに?」

「強がり、言ってるわけじゃなさそうね」

「本心からだからね」

「なんで?」

「ん?」

「なんで先輩と折角付き合えたのに、アンタは変わんないわけ?」

「意味が分からないんだけど、」


そう言うとこれ見よがしに溜め息を吐かれた。


「普通、好きな人が違う女とキスしてようものなら問い詰めて二度としないようにするでしょう」

「そんな重いことしたくない」

「何言ってんのよ!まだ序の口よ?」


え?序の口って。
彼女はどれだけ付き合った恋人を縛る気なのだろう。
人の恋愛に口出す趣味は私にはないから黙っているけど。


「普通はもっと独占欲とか出すもんでしょ?アンタなんでそんな風にいられるの?」

「そんなって?」

「もう勝手に好きなようにやって下さって結構です。って顔よ」


そんな顔、恋人からされたら浮気もしたくなるでしょ。ていうか、付き合ってる事実が謎だわ。


「……だってさ、そうじゃないと耐えられないでしょ?」

「何によ」

「先輩の浮気性なんて最初から知ってたけど、皆が知ってるより実際はもっと酷いから。そんな風に居ないと付き合ってられないでしょ?」


そう。自分の気持ちだけ押し付けて私だけを見て。なんて言えない。
私だけを好きになってよ。
私だけに愛を囁いてよ。
最初は確かにそんな風に思ってたような気もするけど、言ったってどうしようもならないくらい浮気が癖になってる人には無駄だから。


「……アンタ」

「まあ、そうは言っても一時期に比べれば減ったけど、無くなった訳じゃないから」

「減ったって、アンタそれ!」

「遅いよね。色々が」


先輩の中でどんな変化があったのか知らない。
けれど私には関係のない事だと言うことは分かる。
もう期待なんてしない。
好きにすればいい。
どうせ振られるなら、それまでは恋人という位置に居たいじゃない。


「……アンタったほんっと勘違い女ね?」

「そうだね」


好かれてるって、最初は結構勘違いもしたものだよ。
そう言えば違うと首を振られた。
じゃあなに?そう聞いても彼女は答えてくれない。
ただ難しそうな顔をして何かを考え込むような顔をするだけ。


「……よっし。アンタ今日あたしんちに泊まりに来な!」

「は?なんで急に」

「つべこべ言わない!その腐った方向に曲がってるアンタの思考をあたしが正してやる!」


そう言って手首を引かれると、善は急げだとそのまま鞄だけ持って学校を後にした。
サボりなんて初めてだよ。


「強引ね」

「恋敵がそんなんじゃあたしが報われないからね」

「ふふ。ありがとう」

「急にお礼なんてキモいことしないでよ」


それでも、心配してくれてありがとう。
またそう言えば、彼女は照れたように大げさなくらい声を張り上げながら、


「の、飲み物でも買ってくわよ!あたしコーラ」

「じゃあお茶で」

「はあ?良くそんなもん飲めるわね」

「全く同じことをそのまま返すわ。コーラとかあり得ないから」


談笑なんて言えないような、少しピリピリとした空気だけれど。
それでも私達の顔には笑みが浮かび始めていた。




titel by:確かに恋だった様
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