SS 21~40
バチン!と乾いた音が聞こえた。
次の瞬間にはジンジンと頬が熱を持つ。
叩かれたのだと理解した頭。けれども怒りは湧いてこない。
全て、自業自得なのだから。
それよりも今は目の前で目に涙の膜を張りながら泣くのを堪えている彼女から目が離せない。
一滴も涙を零さないようにしている彼女は気丈というか頑固というか。
こんな、誰から見ても修羅場な状況だというのに愛しさで頬が緩む。
そんな俺の頬にもう一発。今度はグーで殴られた。
さすがに少しよろめいたが、そこは根性で堪える。
「気ぃ済んだ?」
「……まだに、決まってるじゃない」
「そう」
さっきも言ったけれど、今は修羅場という状況だ。
けれども俺達はいつもと変わらないトーンで会話をする。
たとえ俺の背後に、俺の脱ぎ捨てたシャツを勝手に羽織った、名も知らない女が震えていても。
それが怒りからか怯えからかは分からない。興味もない。
「……そ、んなに、私、魅力ない?」
「あ、」と思った瞬間に堪えていた彼女の涙は頬を伝って床に落ちた。
勿体ないな、なんて変態染みた事が場違いにも頭を過る。
「どうしてそう思うの?」
なんて、分かりきった事を言ったのは単に。本当に興味本意から。
基本的にどんなことにも興味なんて湧かない俺が、唯一彼女にだけは興味を持つ。
「……わかれたい、の?迷惑、だった?」
「別れたいわけないよ。迷惑なわけでもない」
「じゃ、」
なんで、浮気するの?
揺らいだ瞳の中に宿るのは不安。
その色に苦笑する。
怒っていいのに、と。
憤っていいのに、と。
その資格は充分持っているだろう?
何度も思って、だけど彼女が俺の浮気に対して厳しく言った事はなかった。
そりゃあさっきみたいに殴られたりはしたけれど。
それでも「浮気をしないで」とは言わなかった。
その理由を、俺は知っている。
俺が浮気をする理由も、それが含まれているから。
「お前が俺を、好きになってくれないからだよ」
「え?」と呟くような声が聞こえた。
当然だろう。
彼女にしたら俺の事を好きで、だから今俺の浮気に悲しんでいるのだから。
それは俺も痛いほど分かっている。実際頬も痛むし。
こんなの彼女が感じている痛みの何分の一くらいなのだろうけど。
「好きじゃない、はちょっと違うか。お前が俺を好きなのは好きになってくれたのは、ちゃんと分かるから」
うん。だから正確に言うと、
「お前が俺の『好き』を信じないから、かな?」
「だっ、てそれは、」
「うん。俺のせいだよね?」
彼女と付き合う前はかなり遊んでいて。二股三股は当たり前。
浮気を浮気とすら認識していなかったようなクズだったから。
だから、彼女が俺を信じないのは大々的に過去の俺のせい。
彼女と付き合った経緯だって、俺の好奇心兼次までの繋ぎ。
要は遊び目的でたまたま視界に入った彼女に告白したのだ。
ああ。今思い直してみてもクズとしか言いようがない。
最初こそ遊びだったその恋は、けれどいつの間にか本物になっていた。
馬鹿みたいな話だ。
今まで散々遊びまくって、今更彼女から信頼が欲しいなんて。
「それでも俺はお前に信じて欲しかった」
「……そんな、いまさら」
「うん。ごめん。何度謝っても足りないだろうけど、それでも。ごめん」
ぼろぼろと止めどなく流れる涙は、もう最初のように堪える事が出来ないようで。
泣いているせいで拙い言葉が、どれだけ彼女を追い詰めていたのかを知る。
――でも、ごめん。
「別れたくない。別れないで欲しい」
「ど、れだけ、勝手なの!」
ついには感情すらも昂らせてしまったようだ。
いつも冷静な彼女らしからぬ事だ。
けれど感情が制御出来ないほど好かれているのかと自惚れてしまう自分も確かにいる。
あーあ。
こんなに愛しくなるとわかっていたなら。
俺はお前に、声を掛けたりなんて絶対しなかったのに。
「――ごめんね」
好きになって。浮気して。なのに離してやれなくて。
あまつさえまだ束縛しようとして。
でも、もう。
お前が居ない未来が想像出来ないから。
だから、ごめん。
抱き締めた身体は逃れようと暴れたけれど、逃すまいと押さえ付ける。
次第に抵抗する力は弱まっていき、それに反するように嗚咽が大きくなっていった。
「好きだよ」
胸に顔を埋める形になった彼女の耳に直接流し込むように囁いたその言葉。
びくりと肩を跳ねさせた彼女は何も言わなかった。
けれど背中に回された二本の腕が答えなのだと勝手に思い込む。
だから俺も。
目一杯の力を腕に込めた。
離さないように。
離れていかないように。
title:確かに恋だった
次の瞬間にはジンジンと頬が熱を持つ。
叩かれたのだと理解した頭。けれども怒りは湧いてこない。
全て、自業自得なのだから。
それよりも今は目の前で目に涙の膜を張りながら泣くのを堪えている彼女から目が離せない。
一滴も涙を零さないようにしている彼女は気丈というか頑固というか。
こんな、誰から見ても修羅場な状況だというのに愛しさで頬が緩む。
そんな俺の頬にもう一発。今度はグーで殴られた。
さすがに少しよろめいたが、そこは根性で堪える。
「気ぃ済んだ?」
「……まだに、決まってるじゃない」
「そう」
さっきも言ったけれど、今は修羅場という状況だ。
けれども俺達はいつもと変わらないトーンで会話をする。
たとえ俺の背後に、俺の脱ぎ捨てたシャツを勝手に羽織った、名も知らない女が震えていても。
それが怒りからか怯えからかは分からない。興味もない。
「……そ、んなに、私、魅力ない?」
「あ、」と思った瞬間に堪えていた彼女の涙は頬を伝って床に落ちた。
勿体ないな、なんて変態染みた事が場違いにも頭を過る。
「どうしてそう思うの?」
なんて、分かりきった事を言ったのは単に。本当に興味本意から。
基本的にどんなことにも興味なんて湧かない俺が、唯一彼女にだけは興味を持つ。
「……わかれたい、の?迷惑、だった?」
「別れたいわけないよ。迷惑なわけでもない」
「じゃ、」
なんで、浮気するの?
揺らいだ瞳の中に宿るのは不安。
その色に苦笑する。
怒っていいのに、と。
憤っていいのに、と。
その資格は充分持っているだろう?
何度も思って、だけど彼女が俺の浮気に対して厳しく言った事はなかった。
そりゃあさっきみたいに殴られたりはしたけれど。
それでも「浮気をしないで」とは言わなかった。
その理由を、俺は知っている。
俺が浮気をする理由も、それが含まれているから。
「お前が俺を、好きになってくれないからだよ」
「え?」と呟くような声が聞こえた。
当然だろう。
彼女にしたら俺の事を好きで、だから今俺の浮気に悲しんでいるのだから。
それは俺も痛いほど分かっている。実際頬も痛むし。
こんなの彼女が感じている痛みの何分の一くらいなのだろうけど。
「好きじゃない、はちょっと違うか。お前が俺を好きなのは好きになってくれたのは、ちゃんと分かるから」
うん。だから正確に言うと、
「お前が俺の『好き』を信じないから、かな?」
「だっ、てそれは、」
「うん。俺のせいだよね?」
彼女と付き合う前はかなり遊んでいて。二股三股は当たり前。
浮気を浮気とすら認識していなかったようなクズだったから。
だから、彼女が俺を信じないのは大々的に過去の俺のせい。
彼女と付き合った経緯だって、俺の好奇心兼次までの繋ぎ。
要は遊び目的でたまたま視界に入った彼女に告白したのだ。
ああ。今思い直してみてもクズとしか言いようがない。
最初こそ遊びだったその恋は、けれどいつの間にか本物になっていた。
馬鹿みたいな話だ。
今まで散々遊びまくって、今更彼女から信頼が欲しいなんて。
「それでも俺はお前に信じて欲しかった」
「……そんな、いまさら」
「うん。ごめん。何度謝っても足りないだろうけど、それでも。ごめん」
ぼろぼろと止めどなく流れる涙は、もう最初のように堪える事が出来ないようで。
泣いているせいで拙い言葉が、どれだけ彼女を追い詰めていたのかを知る。
――でも、ごめん。
「別れたくない。別れないで欲しい」
「ど、れだけ、勝手なの!」
ついには感情すらも昂らせてしまったようだ。
いつも冷静な彼女らしからぬ事だ。
けれど感情が制御出来ないほど好かれているのかと自惚れてしまう自分も確かにいる。
あーあ。
こんなに愛しくなるとわかっていたなら。
俺はお前に、声を掛けたりなんて絶対しなかったのに。
「――ごめんね」
好きになって。浮気して。なのに離してやれなくて。
あまつさえまだ束縛しようとして。
でも、もう。
お前が居ない未来が想像出来ないから。
だから、ごめん。
抱き締めた身体は逃れようと暴れたけれど、逃すまいと押さえ付ける。
次第に抵抗する力は弱まっていき、それに反するように嗚咽が大きくなっていった。
「好きだよ」
胸に顔を埋める形になった彼女の耳に直接流し込むように囁いたその言葉。
びくりと肩を跳ねさせた彼女は何も言わなかった。
けれど背中に回された二本の腕が答えなのだと勝手に思い込む。
だから俺も。
目一杯の力を腕に込めた。
離さないように。
離れていかないように。
title:確かに恋だった