SS 161~

「愛というのはどんな味がするのだろうか?」

団子を頬張ったらそんなことを言われた。
手に持つ団子に視線を落とす。この団子は元は三色。桃に白に緑。
きっと愛とはこういう色をしているのだろうと私は答えた。
隣に居る男は「どうしてそう思うの?」ときょとりとした顔で呟いた。

「どうしてか、そう問われると悩むけど……愛とは多種多様な色をしているだと。だからそう思いました」

「団子を愛に例えるかぁ……」

なるほど、きみの感性は分からない。と男は肩を竦める。
わたしは次の団子を口に含み、咀嚼する。

「ねぇ」

「ん?……なんですか?」

咀嚼している最中に話し掛けられ、味わうことなく喉に流されていく団子。
これもある意味、ひとつの愛なのかも知れない。
とはいえ団子を味わう気など毛頭なかったけれども。

「きみはどうして、僕を助けたんだい?」

男の影がゆらりと揺れる。
はて?なぜかと問われると困ってしまいますね。

「愛とやらを知りたかった、あなたと同じようはものです」

そう告げれば、男は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。

「そっか……」

「そうですよ」

「僕に喰われるの、怖くないの?」

「怖いか、怖くないかで問われているのならば……」

うぅんと少しだけ考えて、それでもいつもと変わらずわたしは答える。

「怖いですよ」

「なら、早く逃げたらいい」

「逃げる?……どこに?」

男に対してわたしは小さく笑ってしまった。男は困ったように眉根を寄せる。

「わたしはあなたに捧げられたんですよ?」

沢山の食べ物と一緒に、この男を殺す為に。
逃げるなんて許されてはいないし、そんなことをしたらわたしは村の人間に袋叩きにでもされ最終的には殺されることだろう。
そうして次の捧げものが決まるのだろう。
そうなったところで構わないけれども、少しくらいは意趣返ししたいというものです。
視線を手元に落とせば団子は最後のひとつ。
これを喰らえば、わたしという存在はこの世界から居なくなる。
愛のない場所で育ったわたしの唯一の存在意義。
わたしの価値は、この団子一本分。

「最後の一個ですね」

「……きみは、可笑しな子だね?」

「あれ、今知ったんですか?」

「いや、」

きっと、出逢った時から知っていたのだろうね。
その声と共に、わたしは最後の団子を喰らった。









「毒だと知っていて尚、臆せず食べるのだから……」

僕に捧げられた供物の中のひとつ。
この少女が持っていた団子には猛毒が練り込まれていた。
それを分かっていて少女は団子を喰らった。
何故僕に捧げられた毒を少女が喰らったかは分からない。
けれども確実に僕を殺す為にこの少女に持たせたものを、この少女は喰らった。
その事実だけは確か。

「きみは馬鹿だね?」

この世界から畏怖されている邪神を助けるだなんて。
可哀相で、愚かで、それゆえにあまりにいとおしい人の子。
愛を知らないというその口で、愛とは団子の色をしていると語った、名も知らぬ供物の少女。
僕に毒如きが効くと本気で思っていたのだろうか?
思っていたのだろうね?そうでなければ、喰らわない。

「きみも、誰にも愛されたことがないんだね?」

――なら、困らないか。

ぽつりとそんなことを呟いてみた。
このまま死なせておくのは惜しい気がしたんだ。

「僕も、誰にも愛されたことがないんだ」

誰にともなく、またひとつ。
ぽつりぽつりと呟いては、少女の命をひとつ、またひとつ拾っては紡いで。形を戻して。
そうしていれば毒で蒼褪めた顔は少しずつ血色がよくなってきた。

「ねえ?僕と愛し合ってみない?」

そこにはなんの欲もなくて。ただ純粋に、ただまっすぐと。
彼女と想いを繋いでみたいと、そう思った心ひとつ。
邪神とはいえ、神は神。
人の子の命を救う程度、造作もなかった。

「きみが起きる前に、村をひとつ潰してきてあげようね」

きっときみはそんなこと願っても望んでいないのだろうけれども。
それでもきみがもうどこにも行かないように。
ただそれだけで村ひとつ潰されるだなんて、きっとこの世界の誰もが思ってはいないだろうけれども。
でも、僕は腐っても邪神。
たまにはその名にふさわしいことをしたっていいじゃない?

「ね?きみも、そう思うよね?」

今度目が覚めたなら、きみの名前を聞こう。
僕の魂に結び付けて、そうして誰の手にも届かぬ存在にしてしまおう。
たかが団子ひとつ分。
けれどもきみがくれた愛とやらは、僕の心を動かすには大きかったみたいだ。
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