SS 161~
嫌いな奴がいる。
私とは正反対でいつもにこにこしていて、いつだって周囲には人だかりが出来ているような人気者。
そんなアイツが、私は嫌いだ。
そうしてアイツも私のことを特別に好いているわけでもない。
嫌いという感情を持っているわけでもない。
所謂『普通』というやつだ。
だから、どうしてこうなっているのかまったくもって分からない。
「僕のこと少しは見てくれてもいいじゃない」
「……アンタ、私のこと嫌いなんじゃないの?」
「嫌い? どうして? どうしてそう思うの?」
「いや……どうしてって……」
どうして? そう言えば、どうしてだろうか?
私はこの男に嫌われていると何故だか思い込んでいた。
否、嫌われている段階ですらないと。そう思い込んでいた。
だが、蓋を開けてみればなんということだろうか。
私は嫌いなこいつと肉体関係を持ってしまった。
あまりの出来事に「死にたい」と思わず呟けば焦るような素振りを見せる男。
「どうして? 気持ちよくなかった?」
その問いには思いっきり手近にあった枕を投げつけておいた。
気持ちよくなかった? ねぇ。
めちゃくちゃ痛かったわよ!? と叫びたかったけれども、それは最初だけだったからなんとも言えない。
快楽に身体が呑まれる感覚はあった。こいつが百戦錬磨な理由が分かる気がするとまで思った。
けれども、だ。
「なんで、私に手ぇ出したの?」
「え? そんなの理由が要るの?」
「……そんなの、ねぇ?」
肉体関係を持つことに理由を求めるのであれば、私とこいつがなんの関係でもないことだろうか?
恋人でもなければセフレでもない。もっと言うなら友人関係ですらなかった、ただのクラスメイトである。
そんな関係でこんなことになっている理由は――強いて言うなら私も知りたいところだが。
そう言えばどうしてこんなことになったんだっけな? と首を捻る。
確か居残りで勉強していたところにこいつがやってきて、ふわりといい香りがして思わず聞いてしまったのだ。
良い匂いね、と。
びっくりしたような顔をして、そうして苦しそうに心臓の上を抑え机に手をつくように倒れこんだこいつを心配したら、そのままキスされて……。
なんつーファーストキスだよ。
ファーストキスはレモン味なんて言葉はあるが、私のファーストキスは血の味だったな。驚き過ぎてこいつの唇噛んだから。
まあ、舌をねじ込んできたからそりゃ噛むよねって話だよ。
びっくりした顔をしていたけれどもその顔はどこか恍惚としていて、ペロリとその口端についた血を舐め取っていた男があまりに気持ち悪かった。
そこまでは、覚えている。
学校に居たのに私はいつの間にかこいつが住んでいるのであろう部屋に居た。
ふわふわと思考が飛んでいてあまり良くは覚えていないが、何かしらされたのだろう。
まったく、私でなければ訴えられているぞ。
どうして私が訴えないかって? そんなの決まっている。
面倒くさい。
その一言に尽きるだろう。
「今回のことは何もなかった。仔猫に噛まれたとでも思っておく。だからあんたも何もなかった。それでいい?」
面倒ながらそう言った。今更だが私は生来の面倒くさがりなのだ。
誰かを嫌うことも面倒なのに、こいつだけは嫌いだったのだからある意味びっくりだが。その理由を考えるのも面倒でやめてしまった。
男は驚いたような顔をして、目を大きく見開いている。
なぜ? と問いかけるかのようだ。
「どうして、何もなかった、なんて言えるの?」
「どうしてって、えぇ……何もなかったことにしてあげるって言ってるのに? どうしてって言われても……」
「僕は、運命だと思った」
「は?」
「僕は、きみが僕の匂いに気付いてくれた時、運命だと思ったんだ」
「何言ってんの?」
「……なのに、どうして」
あ、泣く。
そう思った瞬間には、男の綺麗な瞳からは涙が零れ落ちていた。
あまりに静かに泣くものだから私が悪いことをしているような気分になってくる。
「運命って、今時そんなこと言う人はじめて見た」
「運命なんだよ、僕たち。これは本当だよ」
「そうだねー、運命なのかもねー」
面倒くさすぎて会話を合わせれば、男は途端にぱあっと顔色を明るくさせる。
「そう思うよね! 僕たち、運命だもんね!」
「はいはい、そう思う。そう思う」
「じゃあ、一生一緒だね」
「ソウダネー」
ん? 今こいつ、なんて言った?
「一生、一緒?」
「うん! ――言質は取ったからね?」
「あー……、ソウデスカ」
面倒くさがりが出たのがいけなかった。
でも、やっぱりこいつのこと嫌いだわ。
例えばこうなることが運命だと言うのなら、私がこいつのことを嫌いなのも運命なんでしょうね。きっと。
私とは正反対でいつもにこにこしていて、いつだって周囲には人だかりが出来ているような人気者。
そんなアイツが、私は嫌いだ。
そうしてアイツも私のことを特別に好いているわけでもない。
嫌いという感情を持っているわけでもない。
所謂『普通』というやつだ。
だから、どうしてこうなっているのかまったくもって分からない。
「僕のこと少しは見てくれてもいいじゃない」
「……アンタ、私のこと嫌いなんじゃないの?」
「嫌い? どうして? どうしてそう思うの?」
「いや……どうしてって……」
どうして? そう言えば、どうしてだろうか?
私はこの男に嫌われていると何故だか思い込んでいた。
否、嫌われている段階ですらないと。そう思い込んでいた。
だが、蓋を開けてみればなんということだろうか。
私は嫌いなこいつと肉体関係を持ってしまった。
あまりの出来事に「死にたい」と思わず呟けば焦るような素振りを見せる男。
「どうして? 気持ちよくなかった?」
その問いには思いっきり手近にあった枕を投げつけておいた。
気持ちよくなかった? ねぇ。
めちゃくちゃ痛かったわよ!? と叫びたかったけれども、それは最初だけだったからなんとも言えない。
快楽に身体が呑まれる感覚はあった。こいつが百戦錬磨な理由が分かる気がするとまで思った。
けれども、だ。
「なんで、私に手ぇ出したの?」
「え? そんなの理由が要るの?」
「……そんなの、ねぇ?」
肉体関係を持つことに理由を求めるのであれば、私とこいつがなんの関係でもないことだろうか?
恋人でもなければセフレでもない。もっと言うなら友人関係ですらなかった、ただのクラスメイトである。
そんな関係でこんなことになっている理由は――強いて言うなら私も知りたいところだが。
そう言えばどうしてこんなことになったんだっけな? と首を捻る。
確か居残りで勉強していたところにこいつがやってきて、ふわりといい香りがして思わず聞いてしまったのだ。
良い匂いね、と。
びっくりしたような顔をして、そうして苦しそうに心臓の上を抑え机に手をつくように倒れこんだこいつを心配したら、そのままキスされて……。
なんつーファーストキスだよ。
ファーストキスはレモン味なんて言葉はあるが、私のファーストキスは血の味だったな。驚き過ぎてこいつの唇噛んだから。
まあ、舌をねじ込んできたからそりゃ噛むよねって話だよ。
びっくりした顔をしていたけれどもその顔はどこか恍惚としていて、ペロリとその口端についた血を舐め取っていた男があまりに気持ち悪かった。
そこまでは、覚えている。
学校に居たのに私はいつの間にかこいつが住んでいるのであろう部屋に居た。
ふわふわと思考が飛んでいてあまり良くは覚えていないが、何かしらされたのだろう。
まったく、私でなければ訴えられているぞ。
どうして私が訴えないかって? そんなの決まっている。
面倒くさい。
その一言に尽きるだろう。
「今回のことは何もなかった。仔猫に噛まれたとでも思っておく。だからあんたも何もなかった。それでいい?」
面倒ながらそう言った。今更だが私は生来の面倒くさがりなのだ。
誰かを嫌うことも面倒なのに、こいつだけは嫌いだったのだからある意味びっくりだが。その理由を考えるのも面倒でやめてしまった。
男は驚いたような顔をして、目を大きく見開いている。
なぜ? と問いかけるかのようだ。
「どうして、何もなかった、なんて言えるの?」
「どうしてって、えぇ……何もなかったことにしてあげるって言ってるのに? どうしてって言われても……」
「僕は、運命だと思った」
「は?」
「僕は、きみが僕の匂いに気付いてくれた時、運命だと思ったんだ」
「何言ってんの?」
「……なのに、どうして」
あ、泣く。
そう思った瞬間には、男の綺麗な瞳からは涙が零れ落ちていた。
あまりに静かに泣くものだから私が悪いことをしているような気分になってくる。
「運命って、今時そんなこと言う人はじめて見た」
「運命なんだよ、僕たち。これは本当だよ」
「そうだねー、運命なのかもねー」
面倒くさすぎて会話を合わせれば、男は途端にぱあっと顔色を明るくさせる。
「そう思うよね! 僕たち、運命だもんね!」
「はいはい、そう思う。そう思う」
「じゃあ、一生一緒だね」
「ソウダネー」
ん? 今こいつ、なんて言った?
「一生、一緒?」
「うん! ――言質は取ったからね?」
「あー……、ソウデスカ」
面倒くさがりが出たのがいけなかった。
でも、やっぱりこいつのこと嫌いだわ。
例えばこうなることが運命だと言うのなら、私がこいつのことを嫌いなのも運命なんでしょうね。きっと。