SS 161~
魔女の血液はS級毒物。
それを知っている筈の夫である『魔女』は、私の食事に良く異物混入を試みようとしてくる。
ただの嗜好品であるから良いものの、血液パックに混入されたらたまったもんじゃない。
いい加減やめろと言っても聞きゃしない。
一体どうしたらいいものか。
「ハル! はい! 今日の食事だよー!」
「……いま、何時だと思っているんだ? ハイド」
「今? 昼の三時かな!」
「……ねる」
「やだー! ハルは吸血鬼だから夜しかまともに俺の相手してくれないじゃん! たまには俺の為に昼間起きててよ!」
「女々しい、あとうるさい」
「……ハルのバカ」
もう知らない! と言いながらどこかへ去っていくスリッパの音を聞きながら私はまた眠りにつこうと目を瞑った。
──瞬間。香ったあまりにも強い血の匂い。
思わず吐きそうになった。
これ絶対アイツの血の匂いだ。間違いない。間違えるわけがない。何故なら私はこの味を知っている。
「ハル……食べて」
「や、めろ。ハイド……っ」
ボタボタ腕から伝う赤い色に、私は口元を抑えた。
明らかに不味そうな匂いなのに、私の喉はヒリヒリと其れを求めてやまない。
まるで麻薬のようだと、いつか思ったことがある。
「ハル。俺のこと愛してるなら……飲んでよ」
「……その聞き方は酷く狡いな」
「ふふ。俺だって必死なんだよ? こんなに愛しているのに奥さんに俺の血を飲んでもらえないんだから」
あまつさえ昨日、どこに行っていたの?
そんな声が聞こえてきて、ああ、と理解した。
要は浮気を疑われているのか。
馬鹿だなぁ、不味すぎる以前に毒でしかない血を好んで飲んでやる吸血鬼なんて、私くらいなのに。
馬鹿だなぁ。この魔女は。
「俺のこと、好きじゃない?」
不安そうな顔に、声色。私は首を緩く振った。
「私以上にお前を愛している女は居ない。断言しよう」
「……ハル! 俺も愛してるよ! 魔女でも吸血鬼でもなくなっても、例え人間になったって、俺はハルだけを愛し続ける」
「そうか。分かってくれたか」
なら、早く止血してくれ。そう言おうとして、ガッと顔を掴まれた。
「……ハイド?」
「昨日、どこに行ってたの?」
「……私たちは愛し合っている。それで答えは充分じゃないか?」
「ねぇ、ハル。これが最後。抱き殺されたくなければ答えて。──結婚記念日の昨日、どこで浮気してきたの?」
「……結婚記念日、明後日じゃなかったか?」
「ハルは俺たちの記念日に疎いでしょ? そんな誤魔化し効きません」
「……私が浮気をしたことは決定なのか?」
「俺以外から血液を搾取してきたなら、俺はそれを浮気と考えます!」
「……本当に適当な男だ。人間の。美味そうな匂いがしたから眠らせて少々血を貰った。それ以外は何もしていない」
「当たり前だよ! 何かしてたら呪術でその人間突き止めて殺してるからね!?」
顔を怒りで赤く染めながらハイドは尚も言う。
「俺の血は、不味いのは知ってるけど……あんまり、他の男の血を吸って欲しくない」
「それは端的に私に死ねと言っているのか?」
「違う! けど、でも、だって……俺はハルの特別で居たいから……俺だけを見て、その身体のすべてを俺で満たしたいから……」
ぼろぼろと気付けば泣いているハイドに、私は溜息を吐いて、そうしてハイドの腕を取るとその男にしては白い……というか、蒼白い腕に滴る血液をぺろりと舐めた。
散々言ってはいたがひと口、口にしてしまえばなんてことはない。慣れ親しんだ味だ。
「ん、ハルに食べられてる……っ」
「……うるひゃい」
食事をしてはいるが、なんだか違う意味に捉えられそうな発言はやめて欲しい。
夫から流れ出る血液は吸血鬼の唾液から分泌される血液融解剤のようなもので未だ留まることを知らず。
むしろどんどんと流れているというのにこの発言である。
本当に我が夫ながら変態だな、と思うが。そんな変態を愛した自分が居るのもまた事実。
「ねぇ、ハル」
「なんだ」
血液を啜るだけ啜って腹が満ちた私はまた眠りにつこうとした。
出来なかったのは、ハイドが私の上にのしかかって来たからだが。
「ふふ、興奮してきちゃった」
「お前は、……休むということを知らんのか」
「知らなーい」
そう言ってベッドのシーツの波に泳がされるまで、あと数秒。
それを知っている筈の夫である『魔女』は、私の食事に良く異物混入を試みようとしてくる。
ただの嗜好品であるから良いものの、血液パックに混入されたらたまったもんじゃない。
いい加減やめろと言っても聞きゃしない。
一体どうしたらいいものか。
「ハル! はい! 今日の食事だよー!」
「……いま、何時だと思っているんだ? ハイド」
「今? 昼の三時かな!」
「……ねる」
「やだー! ハルは吸血鬼だから夜しかまともに俺の相手してくれないじゃん! たまには俺の為に昼間起きててよ!」
「女々しい、あとうるさい」
「……ハルのバカ」
もう知らない! と言いながらどこかへ去っていくスリッパの音を聞きながら私はまた眠りにつこうと目を瞑った。
──瞬間。香ったあまりにも強い血の匂い。
思わず吐きそうになった。
これ絶対アイツの血の匂いだ。間違いない。間違えるわけがない。何故なら私はこの味を知っている。
「ハル……食べて」
「や、めろ。ハイド……っ」
ボタボタ腕から伝う赤い色に、私は口元を抑えた。
明らかに不味そうな匂いなのに、私の喉はヒリヒリと其れを求めてやまない。
まるで麻薬のようだと、いつか思ったことがある。
「ハル。俺のこと愛してるなら……飲んでよ」
「……その聞き方は酷く狡いな」
「ふふ。俺だって必死なんだよ? こんなに愛しているのに奥さんに俺の血を飲んでもらえないんだから」
あまつさえ昨日、どこに行っていたの?
そんな声が聞こえてきて、ああ、と理解した。
要は浮気を疑われているのか。
馬鹿だなぁ、不味すぎる以前に毒でしかない血を好んで飲んでやる吸血鬼なんて、私くらいなのに。
馬鹿だなぁ。この魔女は。
「俺のこと、好きじゃない?」
不安そうな顔に、声色。私は首を緩く振った。
「私以上にお前を愛している女は居ない。断言しよう」
「……ハル! 俺も愛してるよ! 魔女でも吸血鬼でもなくなっても、例え人間になったって、俺はハルだけを愛し続ける」
「そうか。分かってくれたか」
なら、早く止血してくれ。そう言おうとして、ガッと顔を掴まれた。
「……ハイド?」
「昨日、どこに行ってたの?」
「……私たちは愛し合っている。それで答えは充分じゃないか?」
「ねぇ、ハル。これが最後。抱き殺されたくなければ答えて。──結婚記念日の昨日、どこで浮気してきたの?」
「……結婚記念日、明後日じゃなかったか?」
「ハルは俺たちの記念日に疎いでしょ? そんな誤魔化し効きません」
「……私が浮気をしたことは決定なのか?」
「俺以外から血液を搾取してきたなら、俺はそれを浮気と考えます!」
「……本当に適当な男だ。人間の。美味そうな匂いがしたから眠らせて少々血を貰った。それ以外は何もしていない」
「当たり前だよ! 何かしてたら呪術でその人間突き止めて殺してるからね!?」
顔を怒りで赤く染めながらハイドは尚も言う。
「俺の血は、不味いのは知ってるけど……あんまり、他の男の血を吸って欲しくない」
「それは端的に私に死ねと言っているのか?」
「違う! けど、でも、だって……俺はハルの特別で居たいから……俺だけを見て、その身体のすべてを俺で満たしたいから……」
ぼろぼろと気付けば泣いているハイドに、私は溜息を吐いて、そうしてハイドの腕を取るとその男にしては白い……というか、蒼白い腕に滴る血液をぺろりと舐めた。
散々言ってはいたがひと口、口にしてしまえばなんてことはない。慣れ親しんだ味だ。
「ん、ハルに食べられてる……っ」
「……うるひゃい」
食事をしてはいるが、なんだか違う意味に捉えられそうな発言はやめて欲しい。
夫から流れ出る血液は吸血鬼の唾液から分泌される血液融解剤のようなもので未だ留まることを知らず。
むしろどんどんと流れているというのにこの発言である。
本当に我が夫ながら変態だな、と思うが。そんな変態を愛した自分が居るのもまた事実。
「ねぇ、ハル」
「なんだ」
血液を啜るだけ啜って腹が満ちた私はまた眠りにつこうとした。
出来なかったのは、ハイドが私の上にのしかかって来たからだが。
「ふふ、興奮してきちゃった」
「お前は、……休むということを知らんのか」
「知らなーい」
そう言ってベッドのシーツの波に泳がされるまで、あと数秒。