SS 141~160

この人の愛人になって、どれ程の月日が経っただろうか?

「泪、るい、今日もきみはあたたかいね」

「……シロ」

「うん?なぁに、泪」

甘く囁くシロの声。
私の言葉をきちん聞こうとしてくれる優しい人。
けれども、

「他のひとのにおいがする」

「……ふふ。なぁに?嫉妬してくれてるの、泪」

「そうだと言ったら、シロはどう思う?」

「んー。そうだなぁ……」

シロは少しだけ考えるような素振りを見せながら、私の腹をさする。
そこには平たくて、何もない。あるのは内蔵だけ。

「泪が、」

シロが私の頬を両手で包んで、幸せそうに微笑む。
正確には幸せそうに見える、というだけ。
だってシロは怒っている。
怒って、怒って、そうして、微笑んでいる。

「泪が僕以外のことに関心を寄せるのは、とても不愉快だよ」

優しい声。触れる手も優しい。
この手が、口が、私を傷付けることはない。

「折角一ヶ月振りに泪のところに来れたって言うのに、ああ、本家に寄ったのが間違いだったかな」

暗い色を滲ませる瞳は私を見ているのに見てない。
私はどうしたらいいか迷って、そうして自由にされている腕でシロの胸を押す。

「泪?」

「シロ、放置されるのはきらい」

「うん、そうだね。泪は僕が居ないとなんにも出来ないもんね」

「うん、私はシロが居なくなったら、きっと息も出来ないんだろうね」

「当たり前だよ、僕が居ないのに呼吸を続ける泪のこと、僕が許せると思う?」

「思わない」

「ふふ。今日の泪は、ううん。今日の泪も可愛いね。たくさん愛してあげるからね」

「……うん」

「愛してるよ、泪」

「うん、シロ。私もだよ」

ねぇ、シロ。
私とシロは何処で狂ってしまったのかな?
シロの愛人になって、どれくらい経ったか。
正確な時間はこの閉鎖された空間では分からないけれども。
シロが撫でる腹の、その中に居た。
シロが植え付けた命がきっと今小学生になったくらいだと思うから。
生きていれば、だけれども。
シロが私から取り上げた、私の子供。

『泪には僕以外要らないんだよ』

そう言って、本家のシロの奥さんにあげちゃった。
ねぇ、シロ。私が孕まなかったら、その子に意識を向けなければ。

シロは狂わずに済んだのかなぁ。

微睡みと、快楽の中で考えたって、思考は纏まらないけれども。
シロを狂わせて、壊したのは、きっと私で。
私を狂わせ、壊したのもきっとシロ。
お似合いね、なんて、昔みたいに笑い合えれば良かったのにな。

今はもう、涙すら零れない。

シロの剥き出しの背中に腕を回す。
そこに彫られた刺青を、そっと指でなぞった。
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