SS 141~160

きみは最期に笑った。
それはそれは綺麗で、見たことがない程に綺麗で。
僕はそんなきみに少しばかり見惚れた。

「ね、勇者」

気軽に呼ばれた名称に、僕の眉間に皺が寄る。
その呼称は嫌いだ。僕から僕という一個人を奪われたような気分になる。

「アタシ、勇者より先に死んじゃうのかなぁ」

「まあ、僕が刺したからね?そりゃあ死んじゃうでしょ」

「ふふ」

「何、気でも狂ったの?」

「勇者」

「……何」

「あいしてた」

「……僕はきみなんて嫌いだよ」

「知ってるよーだ」

それでも最後だからね。聞いてよ。
そう言った魔王は僕に視線を向けると、花が綻ぶように笑った。

「勇者は、生きてよねー?」

「当たり前だよ」

「アタシより、長くながーく生きてよねー?」

「言われなくても」

「そしたらさぁ」

魔王はいつも通り間延びした声で、静かに言う。

「アタシとまた出逢ってよ」

今度は普通の町娘とかでさ。
こんな大役担わない形で逢いたいなぁ。

「僕は……」

「それまで生きてね?」

「……勝手なヤツだな」

「魔王ですから」

「きみがもっとおしとやかな淑女になったら考えてあげる」

「嬉しい、なぁ」

本当に嬉しそうに笑った魔王は、その金色の瞳を静かに閉じた。
僕はそれを確認してから、静かに、笑った。

「きみの居ない世界なんて、要らないのにね」

きみ、それを分かっていたんでしょ?
だから『生きて』なんて言ったんでしょ。

誰より人間を守りたかったのが魔王だなんて皮肉染みている。
誰より人間を憎んでいたのが勇者だなんて馬鹿げている。

けれど全部本当で。真実。
だからきみは僕に、呪いをかけたんだろう。

「馬鹿だな、きみは」

そんな呪いで、僕が止まるわけがないのに。

「さて、世界でも滅ぼそうか」

またきみに会うために。
きみの居ない世界なんて要らないから。
だから、きみの居る世界をまた作るだけ。
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