SS 141~160

家に帰ると、何故か明かりが付いていた。
そのことを不審に思わなくなったのは、一体いつからだろう。
そして、

「おかえりハニー!」

満面の笑顔で出迎える、フリフリのレースが付いたエプロンをさらりと着こなす男に悲鳴をあげなくなったのも、一体いつからだろう。

「……また来てたんですか」

だからと言って、受け入れている訳ではないのだが。

「あなたの在るところに僕も在りたいと思っていますから」

「そうですか。会話が通じてませんね。でも知ってますか?不法侵入って犯罪なんですよ」

「愛の為なら犯罪の一つや二つはこなしてみせます!」

「ああ、馬鹿なんですね。知ってましたが」

もし本当に愛があるなら私の目の前に二度と現れないで欲しい。わりと切実に。
ただ、その切実な願いを口にすると、この男は聞こえなかったフリや、自分に都合が良い方へ話を持って行ってしまうので、最近では口にしなくなったが。

「そんなことより!今日の晩御飯はあなたの好きなものばかり作ってみましたから、是非食べてくださいね」

「ああ、ありがとうございます。いただきます。でも貴方はその割れた窓からお帰りください」

朝部屋を出るときは何ら変哲がなかった部屋の窓がものの見事に割れている。
この光景にもある意味慣れたが、また大家さんに怒られるんじゃなかろうか。
自分で割ったわけではないのに、解せない。

「あなたが僕に鍵を渡してくださるか、僕の部屋で一緒に住んでくだされば、万事解決しますよ?」

「なんですかその私にとっては何の得にもならない二択は」

「じゃあまた窓破壊して侵入します」

「脅しですか……」

「なんとでも言ってください」

にこり、微笑んだ男に溜息すら出ない。

「あなたとのスイートな日々が待っているんです。手段は選びません」

「せめて手段は選んでくださいよ。いや、選ばれてもそんな日々はやってきませんが」

「嫌です」

何を言っても笑顔で押し切られてしまう。いい加減この不毛な会話をやめたいのに。
都合のいい脳内変換機能を持っている男に何を言っても無駄ということか。

「いい加減諦めて僕のモノになりませんか?」

「それこそ嫌ですよ」

「それはもう大事にしますよ?」

「だから何だという話なんですが」

どうして器物損壊までして不法侵入してくる男のモノにならねばならないというのか。
むしろ何故この男は『脈がある』と思っているのだろう。そんな希望はドブにでも捨てて欲しい。

「今は確かに、あまり良好とは言えないかも知れませんが、一緒に居れば情も湧いてきます。何も心配ありません」

「ああ、確かに湧いてきますね。殺意なら」

「愛情と憎悪は紙一重というやつですか!そんなにあなたに思って貰えているなんて……感激です……!」

「凄まじいポジティブさにいっそ感動さえ覚えますよ」

一人身悶えている男を置いてきぼりにして、用意された食事を食べてさっさと追い出そうと心に決めた。

――こんな日常嫌すぎるんですが、どうしたらこの男は目の目に現れなくなるのでしょうか?
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