SS 121~140
しゃん、しゃん、と鈴が鳴る。
足首に付けられた鈴の音が板間に響く。
「何処に行く気だ」
眠っていた旦那様が目を開けることなく、わたしの袖を掴み言う。
「起こしてしまいましたか。申し訳御座いません。水を飲みに行こうかと……」
「私も行こう」
「折角のお休みなのです。どうか身体を休ませてください」
「お前、逃げる気か」
「そうは言っていません」
「なら、共に行く」
頑固で何を言っても引かないと分かったから、わたしは小さく溜め息を吐いて、この甘えん坊の旦那様が寝所から起き上がるのを待った。
わたしが旦那様の元へ来たのは七つの時。
白無垢を着せられ、嫁いできたのだ。
嫁ぐ、と言っても。
わたしは所謂『生贄』というやつだったのだが。
死ぬ運命にあったわたしを、この旦那様。
水神の神様であられる華睡 様が本当にわたしをお嫁様にしてくださったのだけれども。
華睡様は優しい方だ。
たくさんの眷属を従えながら奢ることなく、神様としての仕事を日々こなされている。
氏素性も分からないからと生贄にされたわたしのような者にも優しく、それはそれは甘く接してくださる。
それが困ってはいないからどうしようもないのだと、華睡様の眷属のおひとりが仰っていたことがあった。
わたしには意味が分からなかったけれども、華睡様がその方をそのあとに呼びつけていた。
何をなさっていたのですか?
そう訊いても、華睡様は答えてはくださらなかった。
それに妬いてよいのか、なれどもお仕事のお話だったなら。
そう思えば何も言えなくて。
「何を考えている」
「え、」
「水が零れているぞ」
「あ、も、申し訳御座いません」
「濡れてしまったな」
「そうですね。でも夏ですから、きっとすぐに乾いてしまいますよ」
「……そうだな。なれど脱いだ方が早いのではないのか」
「え、」
そうだ、その方が良い。
そう言ってわたしの着物を逃がせようとする。
「だ、旦那様?このようなところで誰かに見つかってしまったら……」
「誰にも見つかりはせんさ」
言いながら、わたしの着物を脱がしてしまった。
恥ずかしさに顔を赤らめれば、華睡様は無表情に言った。
「私のことを気にかけんお前が悪い」
「気にかけてます!凄く!華睡様以外のことは考えることの方が少ない程に!」
「……足りんな」
「え、」
「まだだ、もっと。もっと私を求めろ。私以外の存在を気にかけられなくなる程に。認識できなくなる程に」
「旦那様……?」
「……お前につけた鈴は、まだ足りんか」
「どうなさったのですか?とても哀しそうなお顔をなさっています」
華睡様のお顔を両手で触れて、その鱗がまばらにあるザラザラした蛇のような肌を撫でた。
気持ちよさそうに目を細める華睡様。
「お前くらいだ。私の肌に触れたがるのは」
「そうでしょうか。きっと誰もが触れたがると思うのですが」
だってこんなにも優しい顔をなさるのですから。
こんなにも愛おしい方の肌に、他の方が触れるのは気に食いませんが。
それはわたしにはどうにも出来ないことだから、妬いたって仕方がないのですが。
「……旦那様。寒いです」
「そうだな。部屋に戻ろう」
抱き上げられて、しゃん、と鈴が鳴った。
鈴の音に、わたしの頭はくらりと眩暈を起こす。
「いとしい嫁御殿。肌を合わせ、温め合おうか」
「は、い……旦那様」
**
いとおしい妻の寝顔を見ていた。
いや、ずっとずっと昔から見ていた。
この娘が人の胎に宿り、生まれ、育ち、蔑まれ、扱き使われ、わずか七つで私に元へと来るまで。
ずっと見ていた。
苦しかった。
七年間という期限は決めたものの、妻となる者が人間如きに蔑まれるのが。
けれども今は私の元に。
大神の許しを得るのに少しばかり時間をかけてしまったが、神の妻になるには良い年であったであろう。
この前、十七になったばかりの妻の胎を撫でる。
此処に子種を注ぎ続けて何年経つだろうか?
そろそろ子を孕ませても良いかも知れないな。
そんなことを考えながら妻の髪を撫で、その薄い唇に口付けた。
足首に付けられた鈴の音が板間に響く。
「何処に行く気だ」
眠っていた旦那様が目を開けることなく、わたしの袖を掴み言う。
「起こしてしまいましたか。申し訳御座いません。水を飲みに行こうかと……」
「私も行こう」
「折角のお休みなのです。どうか身体を休ませてください」
「お前、逃げる気か」
「そうは言っていません」
「なら、共に行く」
頑固で何を言っても引かないと分かったから、わたしは小さく溜め息を吐いて、この甘えん坊の旦那様が寝所から起き上がるのを待った。
わたしが旦那様の元へ来たのは七つの時。
白無垢を着せられ、嫁いできたのだ。
嫁ぐ、と言っても。
わたしは所謂『生贄』というやつだったのだが。
死ぬ運命にあったわたしを、この旦那様。
水神の神様であられる
華睡様は優しい方だ。
たくさんの眷属を従えながら奢ることなく、神様としての仕事を日々こなされている。
氏素性も分からないからと生贄にされたわたしのような者にも優しく、それはそれは甘く接してくださる。
それが困ってはいないからどうしようもないのだと、華睡様の眷属のおひとりが仰っていたことがあった。
わたしには意味が分からなかったけれども、華睡様がその方をそのあとに呼びつけていた。
何をなさっていたのですか?
そう訊いても、華睡様は答えてはくださらなかった。
それに妬いてよいのか、なれどもお仕事のお話だったなら。
そう思えば何も言えなくて。
「何を考えている」
「え、」
「水が零れているぞ」
「あ、も、申し訳御座いません」
「濡れてしまったな」
「そうですね。でも夏ですから、きっとすぐに乾いてしまいますよ」
「……そうだな。なれど脱いだ方が早いのではないのか」
「え、」
そうだ、その方が良い。
そう言ってわたしの着物を逃がせようとする。
「だ、旦那様?このようなところで誰かに見つかってしまったら……」
「誰にも見つかりはせんさ」
言いながら、わたしの着物を脱がしてしまった。
恥ずかしさに顔を赤らめれば、華睡様は無表情に言った。
「私のことを気にかけんお前が悪い」
「気にかけてます!凄く!華睡様以外のことは考えることの方が少ない程に!」
「……足りんな」
「え、」
「まだだ、もっと。もっと私を求めろ。私以外の存在を気にかけられなくなる程に。認識できなくなる程に」
「旦那様……?」
「……お前につけた鈴は、まだ足りんか」
「どうなさったのですか?とても哀しそうなお顔をなさっています」
華睡様のお顔を両手で触れて、その鱗がまばらにあるザラザラした蛇のような肌を撫でた。
気持ちよさそうに目を細める華睡様。
「お前くらいだ。私の肌に触れたがるのは」
「そうでしょうか。きっと誰もが触れたがると思うのですが」
だってこんなにも優しい顔をなさるのですから。
こんなにも愛おしい方の肌に、他の方が触れるのは気に食いませんが。
それはわたしにはどうにも出来ないことだから、妬いたって仕方がないのですが。
「……旦那様。寒いです」
「そうだな。部屋に戻ろう」
抱き上げられて、しゃん、と鈴が鳴った。
鈴の音に、わたしの頭はくらりと眩暈を起こす。
「いとしい嫁御殿。肌を合わせ、温め合おうか」
「は、い……旦那様」
**
いとおしい妻の寝顔を見ていた。
いや、ずっとずっと昔から見ていた。
この娘が人の胎に宿り、生まれ、育ち、蔑まれ、扱き使われ、わずか七つで私に元へと来るまで。
ずっと見ていた。
苦しかった。
七年間という期限は決めたものの、妻となる者が人間如きに蔑まれるのが。
けれども今は私の元に。
大神の許しを得るのに少しばかり時間をかけてしまったが、神の妻になるには良い年であったであろう。
この前、十七になったばかりの妻の胎を撫でる。
此処に子種を注ぎ続けて何年経つだろうか?
そろそろ子を孕ませても良いかも知れないな。
そんなことを考えながら妻の髪を撫で、その薄い唇に口付けた。