SS 121~140

「ねぇ?この状況は実は夢で、目を覚ましたらハッピーエンド。そんなことになっているって、きみもそう思わない?」

「思わない。私達にあるのは破滅だけだ」

「夢がないなぁ、本当にきみは夢がないよ」


僕は彼女に向けて微笑むと、手に持った剣を捨てて床に座った。
石造りの床はひんやりと冷たくて、何だか僕達の関係みたいだと、ひとり嗤う。
彼女はその縦長に割れた金色の瞳を瞬かせると「何をしている」と静かに言った。


「んー。願わくば、きみに殺されたいという意思表示だよ」

「馬鹿を言え。お前が私を殺すんだ」

「どうして?」

「どうして、だと?」


ぴくりもその形良い眉を跳ねさせる。
でも、やはりどうして、と思うのだ。


「世界の為に勇者に殺され、世界の為に死ぬのが魔王の務めだからだ」

「マニュアルでも読んだの?そんな昔からの習わしなんて捨ててしまえば良いのに」

「捨ててどうする。この世界は『魔王』が生を受けることによってエネルギーを生み出し、戦を経て、『魔王』が平和の象徴である『勇者』に殺されることによって世界は平和に戻る。それが世界の理で、曲げてはいけない……お前が言うところの『マニュアル』だろう?」

「……神様とやらがもし居るのなら」

「うん?」

「……僕はいっそ、神様とやらを殺してしまいたいね」

「何を大それたことを……お前は、一体何をしたいんだ」

「何を?」


ははっと喉の奥から絞り出すように笑う。
そうして剣はそのままに立ち上がると、彼女に近付いて歩く。
彼女は近付いてくる僕に一瞬怯んだように身体を強ばらせる。
ほら?心の底では怖いと思ってるんでしょ?
素直になりなよ。……頼むから。


「僕は、きみに生きてて欲しいんだよ」

「……っ、叶わぬ夢だ」

「叶わない?そうだね?きみが諦めているうちは叶わない」


ねぇ?僕は。僕はさ。


「こんな命なんて捨ててやるくらいきみをあい、」

「黙れ!」


そこではじめて彼女が声を荒らげた。
彼女はキッと僕を睨み付けると、弾丸のような強さで言う。


「お前に何が分かる!生を受けた瞬間に死を望まれた、私の気持ちが!」


そう叫んたあとに綺麗な金の瞳からぼろぼろと綺麗な涙を流すのは、先程まで気丈に振舞っていた――ただの女の子。


「そんな戯言を吐くために来たのか!?そんな腑抜けた男が勇者などと笑わせる!魔物共の餌にでもくれてやろうか?」

「それは名案だね。僕はきみが死なない未来を作りたい」

「……っ」

「魔王?」


黙ってしまった魔王に、僕は顔を覗き込むように膝を折り曲げた。
ああ、彼女の身体のなんと華奢なことだろう。涙を流す彼女は、なんとか弱いことだろう。
魔王は顔を上げることもなく、ぽつりと囁く。
それはどんな悲劇よりもつらい言葉だった。


「なあ?私を殺してくれ。楽にしてくれ。それが出来るのは、お前だけなんだ……」

「……魔王」


どんな気持ちでその言葉を吐いたのだろう?
どんな気持ちで今まで生きてきたのだろう?
どんな気持ちで――今日を迎えたのだろう。


「……分かりたくないよ」

「物分かりの悪い男は嫌われるぞ」


ふっ、と微かに笑うような吐息が聞こえてきて、僕は首をゆるゆると振る。
物分かりの悪い男でも、何でも良い。
僕は魔王に、きみに、生きて欲しいんだもの。


「生きてよ、魔王」

「……何故、お前はそこまで私が生きる未来にこだわる?」

「……きみが僕を助けてくれたからだよ」

「何のことだ」

「……覚えて、ないか」


そっか。覚えてないのか。
でも僕は覚えている。


春の陽射しの中。
『勇者』として生まれたがばかりに親も知らないで、鍛錬ばかりの毎日を過ごしていた僕。
当然のように友達も居なかった僕はその日、魔物が住む地域の傍に来てしまった。
何匹かの魔物を跳ね除けて、傷だらけの僕は泣きべそをかいていた。
そんな時に彼女は現れたのだ。


『どうしたの?だいじょうぶ?いたいいたいしてる?』


僕と同い年くらいの女の子が、怪我をした僕の傷を触れるか触れないかという場所に手をかざし『いたいのいたいのとんでけー!』と叫びながら治癒魔法をかけてくれたのだ。
魔物の証。縦に割れた瞳孔。はじめて見た金色の瞳を見て、この女の子も魔物なのかと身構えたけれども、ニコニコと笑う少女に僕は何も言えなかった。

しばらくして僕の傷が治りきった頃。
僕を探しに来た大人が彼女を見て、悲鳴を上げながら石を投げつけたのを良く覚えている。
何で!と叫ぶ僕は手を引かれながら連れ戻される途中で聞いた。
『あの娘はお前が将来殺す魔王だ』と。
僕は何とも言えない気持ちになりながら、魔物につけられた傷は癒えた、剣だこまみれの手を見た。
石を投げ付けられてもニコニコと笑う少女の痛々しい表情を思い出しながら。

その時に決めたのだ。

もっともっと強くなって、僕が彼女を。魔王を守ってやろうと。
それは幼いながらに抱いた初恋か、ただの憐れみかは分からないけれども。


「僕はきみを忌み嫌う人間も、きみを守らない魔物も、反吐が出るくらい大嫌いだよ」

「……そんな覚えてもいない昔話をされても困る」

「きみが覚えていなくても、僕がずっと覚えてるから」

「何だ?やっと私を殺す気になったか?」

「そうだね……殺す気にはなったよ」

「待たせたものだ」


魔王は顔を上げる。そこには不敵な笑みが。
あの頃のような無邪気な笑みは見えないけれども、もう、良い。


「僕、思ったんだ」


この世界がきみを排除することを願うなら。


「――この世界のすべてを、僕が殺す」


「な、にを……」

「だからきみは、僕の為に笑っててよ」


そう言いながら僕は魔王に結解を張る。


「おい?おい!勇者!落ち着け!この結界を解け!勇者!」

「落ち着いてる。僕は誰よりも落ち着いているよ。魔王。ただ、誰よりも狂っているのかも知れないけれども」

「ゆ、うしゃ……っ」

「愛してるよ、魔王。だからちょっと待っててね?」

「ま、……て……ゆう、しゃ……」


こてりと倒れた魔王。
僕が結界を張る際に投げ込んだ睡眠薬が効いたのか、すぅすぅと音を立てて眠っている。


「少しだけ眠っていてね?目が覚めたら、」


――僕だけが望むハッピーエンドが待っているからさ。


「僕は薄情で非情な、きみよりずっと魔王に相応しい人間だったみたいだね?」


ふっ、と口角を上げて。
まずは状況を伺っていた魔物共に剣を差し向けた。
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